文字サイズ

◆風の刃(13)


更に数日後、ニルオスはフェルナンを見舞う為、フェルナンの私室を訪れた。

「…というわけでな、老シオン殿は引退決定だ。近々辞任なさるだろう。次はお前だ」

望むところだろう?とニルオスが問うとフェルナンは頷いた。元々軍トップになると言い切っていた相手だ。不満はないだろう。

「世話になりました」

フェルナンの言葉にニルオスは頷く。むしろそう言われるのを予想していたと言っていい。ニルオスは予想通りの言葉にニヤリと笑んで告げた。

「あぁ、餞別ついでに持っていきたい部下がいたら言え。ただしサフィンはお前の後釜にもらうぞ」
「そうですか。サフィンも喜ぶでしょう。ならばアスワドとシーインを連れていきます」

腕の良い騎士の名にニルオスは舌打ちした。

「遠慮がねえな、テメエは。あぁそうだ。餞別がわりに俺も第一軍からもらうぞ。紫竜のヤツだ。テメエも嫌いな相手を見ずに済むんだ、ありがたく思え」
「スティールを!?」

驚くフェルナンにニルオスは眼を細めた。

「どうした?厄介払いができるんだ、嬉しいだろ?貴重な七竜の使い手とはいえ、たかが新人だ。惜しくはあるまい。アスワドとシーインはくれてやるんだぜ?奴らは腕がいい。その上、テメエも抜けるんだからうちとしては痛手だ。そいつぐらい貰ってもかまわねえだろ?」

フェルナンは答えない。ポーカーフェイスが上手いフェルナンにしては珍しく困惑を露わにしている。どう答えたらいいのか判らないという様子に相手の戸惑いの大きさを感じ、ニルオスは内心肩をすくめた。予想通りだ。私怨。そして悲しみ、悔しさ。

「案の定だな、テメエは。一体ヤツに何を期待しているんだ?」
「期待?」
「あぁ、期待だ。期待通りの行動を取らなかった新米騎士に怒ってるんだろうが」
「それは違う。彼は命令違反を犯した。守るべき王女を放り出して騎士として最低の行為を行ったんだ。私の行動は当然の行為だ」

フェルナンの反論をニルオスは鼻で笑った。

「命令違反ね。そもそもテメエはそんなに騎士らしい男だったか?」
「何?」
「俺の策は騎士らしいとは到底言えねえ。時には手段選ばず、勝利をもぎ取ってきた。だがテメエは俺の命令に反したことはねえ。どいつだろうが、首を切れと言えば切った。そのことこそが騎士としてどうかと思うが違うか?」


フェルナンは黙り込んだ。
知将ニルオスは過去の常識をひっくり返しまくって今の実績を築き上げた男だ。
結果がすべて。そう言い切る彼は文句なしの結果を出して周囲の反論を封じ込めてきた。
そしてそのニルオスの作戦を実行してきたのはフェルナン自身だ。最初の任務でニルオスの前任者を切ったのはフェルナンだ。ニルオスの策はけして騎士らしいと言えるものではなかったことを知っている。だがフェルナンはその策を忠実に実行してきた。ニルオスからの信頼に背いたことはない。

ニルオスは皮肉気に笑う。

「テメエはただヤツに期待しているだけだ。ヤツがテメエの期待通りに動かなかったことを怒っている。だがな、ヤツも人間だ。テメエの期待通りに動くとは限らねえ」
「何が言いたい、ニルオス」
「運命の相手が理想通りじゃないからと言って我が儘言ってるようじゃ、だだを捏ねるガキとまるっきり一緒だな」

ニルオスの台詞は皮肉屋な彼らしい痛烈な皮肉であった。