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◆風の刃(12)


フェルナンが王都へ戻ってきて、7日目。グリークは同僚フェルナンの見舞いに訪れた。
7日目になったのは、フェルナンが重傷だったので遠慮していたことと、フェルナンが抜けた穴をカバーするので多忙だったのが理由だった。
仕事が一段落ついた夕刻に同僚の部屋を訪れたグリークは報告ついでに第一軍が荒れていることを告げた。

「シオン将軍の引責は免れないだろう。元々世代交代していないのは第一軍だけだし、やや高齢の隊長が多く、戦力低下も問題視されていた」

そこへフェルナンが行けば幹部が入れ替わる。他の軍からの異動の場合、部下も何人か連れていくことが多い。実際フェルナンも麾下の隊長を連れて行くことになるだろう。

「グリークは私でいいのか?」
共に副将軍。将軍位につくだけの功績があるのはグリークも同じだ。

「かまわん。私は運命の相手がらみでニルオスに借りがある。もうしばらく彼の元で働くつもりだ」

運命の相手との台詞にフェルナンが黙り込む。

「そういえばお前の相手だが釈放させてもらったぞ」

フェルナンは眉をつり上げた。

「勝手なことを!!スティールは重大な命令違反を犯した罪がある。直属の上官ならばともかく現場責任者でもなかったお前が命じられることではないぞ」

グリークは冷静だった。

「フェルナン。何故紫竜の騎士を嫌う?お前の運命の相手だろうに」

運命の相手とうまくいっているグリークには疑問に感じずにいられないことだった。

「……」
「彼の行動は致命的な命令違反ではない。王女のご厚情もある。その上での厳罰は王女のお気持ちを無視することとなりかねん。お前の行動はおかしい。周囲も疑問に思っている。理由を説明する気はないか?」
「……」
「言いたくないなら構わないがな。…スティールの解放はニルオスの命令だ。文句ならばニルオスに言え。だが私もニルオスの判断は妥当だと考える」
「……スティールはな、怪我で動けぬ私を抱いたんだ」

グリークは眉を上げた。

「失血で動けぬ私を無理矢理組み伏せた。抗おうとも抗えぬ私を……許せることではない。私は一生許さない許せないだろう。思い出せば怒りにはらわたが煮えくりかえる。動けたらあの場で血祭りに上げられたのに…。何のために王女につけたのか。私は彼を信頼していた。信じていたんだ」

グリークはしばらく黙っていた。
やがて日が落ち、窓の外が完全に真っ暗になるころ、グリークは口を開いた。

「…気持ちは分からないでもない。素直に割り切れる問題でもない。たとえ運命の相手が相手だったとしても強姦は許せるものではない。私もそうだった」

フェルナンは少し驚いて顔を上げた。グリークも無理矢理だったというのか。

「助けられたのだろう?」

グリークは不治の病だった。印の交流でしか救われぬ病だったという。結果的に運命の相手と会えたことで彼は救われた。
グリークは苦笑した。

「助けられたな。だが経過は無理矢理だった。私は納得していなかった。あいつは私を無理矢理犯した。助けるという名目でな」

フェルナンは息を詰めた。『助けるという名目で犯された』という経過はフェルナンのときと完全に一致する。スティールも助けるという名目でフェルナンを抱いた。事実、抱かれなければフェルナンの体は持たなかっただろう。医師にもそう聞いている。運命の相手から注ぎこまれた生気がフェルナンを救った。
グリークは窓の外を見ている。

「許さなくていい。許す必要はないだろう。…救われたわけだから相手が完全に悪いわけでもない。他人から見れば助けられたくせに何を言うと思うだろう。だが許せないことはある」

フェルナンは同感だった。許せない。理屈ではないのだ。感情が勝る。助けられた事実よりも怒りが勝るのだ。

「許さなくてもいいんだ」

同じ過去と感情を持つグリークの言葉はフェルナンに幾ばくかの安らぎと安堵をもたらせた。