文字サイズ

◆風の刃(11)


(覚悟していたとはいえ、キツイなぁ……)

スティールが見舞いへ行くと、顔を見た途端、部屋を叩き出された。居合わせたサフィンと言う名の同僚が困惑顔だった。普段は穏やかなヤツなんだが、と申し訳なさそうに言ってくれたがその台詞が余計に胸に痛かった。その『穏やかな人』を怒らせてしまうだけのことを自分はやってしまったのだ。

フェルナンのことを思うとラーディンやカイザードの顔を見るのも辛く、スティールは久々に花街に出向いていた。歓楽街には馴染みの相手がいるのだ。
その相手は4歳ほど年上だ。メイと名乗っているが本名ではないだろう。男娼としてはそれなりに売れているらしく、会えるときと会えない時がある。スティールのことは気に入ってくれているらしく、いつも笑顔で迎えてくれる。
腰までの長い金髪の小柄な彼は穏やかな性格で、その辺りがフェルナンと似ている。年上の余裕というものだろうか。フェルナンを知った後、スティールはメイとフェルナンを似ているなと感じる。同じ年上でもカイザードは非常に気性が荒いので余計にそう思うのだろう。

「ふぅん…運命の相手ねえ…そいつを怒らせてしまったと。なんでまた……」
「理由は言えないけど一生許してもらえないことをしたんだ」

スティールは理由を答えなかった。強姦したなどということは言えない。フェルナンの名誉に関わるからだ。たとえメイがフェルナンを知らなくても何処で知られてしまうか判らない。メイを信じていないわけではないが言えなかった。
ふぅんと呟いたメイはのんびりとソファーに寝そべっている。接客する態度ではないが、スティールが自然体を好んでいることを知っているのでメイも遠慮なく振る舞っている。

「そういや、どの印の相手なんだい?」

確か火と地は相手がいるんだよな?とメイ。

「水の相手。相手は風だったけど。異種印なんだ」

通常、運命の相手は同じ種類の印だ。しかし希に別種の印の相手になることがあるという。フェルナンとスティールはそのパターンだった。
メイは軽く眉を上げた。

「『嵐』か。そりゃー、運が悪いね。うまくいかなくても当然かもしれないな」
「嵐?」
「水と風の組み合わせをそう言うんだ。異種印でもたとえば地と緑だったら『豊穣』って言ってね、同種印より喜ばれるんだが、水と風の組み合わせである『嵐』や、火と水の組み合わせの『相克』は嫌われる」
「ど、どうして?」

スティールが問うとメイは肩をすくめた。

「単純に相性が悪いらしい。運命の相手同士だから引き合いはするんだけれど、組み合わせが悪いから反発する力も強いんだそうだ。性格的にも能力的にも合わないらしくて、うまくいったという話は殆ど聞かない」

『今回の相手は成人済みか…しかも水と風で異種印…厄介だな』

そう呟いていたドゥルーガを思い出し、スティールは青ざめた。そういう意味だったのか。

「まぁお前の場合、別に一人ぐらいに嫌われたところで構わないんじゃないかい?四人の中のたった一人だろ。四人目にあえずとも既に二人いるんだからさ。そいつらと仲良くやったらいいじゃないか。うまくいってるんだろ?」
「う、うん…」
「だったら無理に合わない相手と頑張る必要はないだろ?」

な?と笑い、頭を撫でてくれるメイはスティールを慰め、力づけてくれているのだろう。年上のメイはスティールの初めての相手でもある。出逢ったときから優しく、スティールは素直に彼に甘えることができる。
しかしその頭を撫でる仕草にフェルナンを思い出し、スティールの胸は痛んだ。

『綺麗だね、ありがとう。大切に使わせてもらうよ』

聖アリアドナの日、花束を渡すとフェルナンはそう言って嬉しそうに受け取ってくれた。
穏やかな笑顔で頭を撫でてくれたフェルナンはスティールの渡した花束を見て嬉しそうだった。
その彼はいまやスティールに怒りしか見せてくれないのだ。
確かにスティールにとってフェルナンは四人の中の一人だ。しかしフェルナンにとっては自分しかいないはずなのだ。にもかかわらずこのような結果を招いてしまったことをスティールは悲しく思う。

(けど死なせられなかった)

たとえその事を彼が望んでいなかったとしてもスティールはこの道しか選べなかった。そのことに後悔はない。ただ悲しさだけが胸に満ちる。
スティールは無言でメイを抱きしめた。

(暖かい…)

あの夜のフェルナンの体は体温が低くてとても冷たかった。
心も体も凍えるかのように、とても冷たかったのだ……。