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◆夢見る雨(9)

サヴァにとって、銀の城はよい思い出がほとんどない場所だ。
院長であるテーバの許可を受け、ウィンの案内で銀の城へ向かったサヴァは、リドの出迎えを受けた。
ミスティア家の三兄弟の中では影が薄い次男坊だが、真面目で有能な彼は、領内の繁栄のためにコツコツと頑張っているという。そのため、領民からの人気も高い。
明るい茶色の髪と同色の瞳をしたリドは容姿もずば抜けたところがない、ごく普通の青年だ。しかし、真面目で誠実そうなところは大半の人に好感を持ってもらえるだろう。

「久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
「そっちこそ……!!……その、あのときは……ありがとう」

礼を言い慣れていないサヴァがぎこちなく礼を告げると、リドは笑った。

「サヴァ、お前は運がいい。今、長兄上が戻ってきておられてるんだ」
「は?アンタのにーさんが戻ってきてるのと俺の運がいいのがどう関係あるんだ?」
「すぐ判る」

ついてくるように言われ、リドの後をついて広い城内を歩いていく。
さすがに国内有数の大貴族である。幾つもの回廊を通り抜け、一体どこをどう歩いたのか判らなくなった頃、次はこの服を、いや、こっちの服を、という声が聞こえてきた。
馬が軽々と通れそうなぐらい大きな扉が開いていて、内部の様子が見えた。
扉も大きければ、中の部屋も呆れるほど広いようだ。その部屋の中央付近に一人の青年がウンザリ顔でソファーに座っており、その青年を取り囲む一組の男女が見えた。
周囲には大量の服が並び、その服を取り扱う侍女や侍従の姿もある。
どうやらソファーに座った青年が着せ替え人形状態にされているらしいことが伺えた。

「アルディン長兄上と父上と義母上だ」

挨拶は不要だからと言われて通り過ぎる。
リドの兄なら子持ちでもおかしくない大人のはずだが、今だに両親から溺愛されているらしい。帰ってくるたびに見られる光景なのだそうだ。

「よく怒らないな、アンタのにーさん……」
「一種の交換条件だそうだ。近衛軍の仕事に口出ししないという条件で戻ってきたときは好きなようにさせているらしい」

アルディンの両親は不仲だが、こういうときばかりは一致団結して長兄を可愛がるのだそうだ。サヴァはアルディンが気の毒になった。

「コウもあんなことしてるのか?」
「たまに。幸い、コウと私にはそういった興味を抱かれなくてな、助かっている」

そうしてたどり着いた部屋は何となく見覚えある部屋だった。
以前この城で暮らしてた頃に何度も来たことがあるからだろう。

「コウ、待たせたな」
「来たか……」

ありがとう、と次兄に礼を告げたコウは、サヴァとウィンの頬に軽く口づけた。

「おかえり、ウィン。よく来た、サヴァ」

コウは手にしていた書類をリドへ差しだした。

「リド、予定していた官の派遣だが、少し修正がある」
「うん、どれどれ?…………!!!!コウ、俺はこの男は首にするって言っただろうがっ!!」
「彼は大変有能だ。リドに懸想していること以外、何の問題もない」
「十分な理由だろうが!!」
「洪水被害の復興に多忙だというのに有能な官を減らせるか。銀の城からは放り出した。これ以上文句を言うな」
「……コウ、リドが気の毒だ。できれば何とかしてやってくれ……」

リドはサヴァにとって命の恩人だ。
そのため、そう頼むと、コウの表情が少し和らいだ。

「そう相性は悪くないと思うんだが」
「悪い、悪いぞ!!俺はあんな男は大嫌いだ!!」
「1ヶ月は戻って来れない。その間にどうするか考えておけ」
「首だって言ってるだろ!あんな官は不要だ!」
「やれやれ……」

怒りつつも書類を片手に出ていったリドを見送り、コウは首を横に振った。

「何か事情があるんじゃないか?話をちゃんと聞いてやればいいのに」
「やや無理矢理じゃなければ、リドは結婚どころか恋人すら作ろうとせぬだろうよ」
「え?」
「ミスティア家の直系でありながら母親の身分が低いために、リドは生まれた時から『ミスティア領主の補佐』となるべくして育てられた。何もかも私のためになるようにとすり込まれているのだ。
以前、お前を庇ったのも私の幸福を守るためだろう。あれは自分自身よりも私を優先する。自分自身の幸福など必要ないと考えているのだ」
「貴族の教育ってヤツか?」
「否定はせぬ。後継者争いを避けるためにとられる方法の一つではある。だが私はリドにも幸せになってほしいと思っている。私はリドの働きにとても感謝しているのだ」
「それは良いことだと思うぜ」

サヴァが同意するとウィンも隣で頷いた。

「同感だ」