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◆夢見る雨(3)

上級印ではないし、特に得意というわけでもない。
それでも騎士だ。海に生きる海軍所属ということもあり、通常より巧みに扱える。
流れ込んでくる水を堰き止めるために水を凍らせていく。少しでも外から入り込んでくる水を抑えるために術を奮った。
一時的にしろ、無事、入り込んでくる水を押さえ込むと見守っていた周囲から歓声があがった。

「あんた、すごいな!!」
「さすが、騎士様だ」
「ありがとう!!」
「今の内に応急処置と避難準備をするんじゃ」

院長であるテーバの指示により、活気づいた周囲が精力的に動き出す。

「感謝いたしまする」
「いや、一時しのぎというか……こんなことしか出来ないが」
「とんでもない。元より、自然には勝てるはずがないこと。時間稼ぎでも十分助かりました」

今のうちにできるだけ患者や機材を二階以上へ運び出せる。そのため、時間稼ぎでもとてもありがたい、とテーバ。
自らの印の技により誰かに感謝されたのは初めてだった。
ニオルは無言で己の腕の印を抑えた。

「騎士様、もう少し助力をお願いしてもよろしいかな?」
「何なりと」
「出血の酷い怪我人が幾人かおりましてな。血止めが間に合いません。手術準備が整うまでの時間稼ぎとして、応急処置として傷口を凍らせてほしいんですじゃ」
「判った。教えてくれ」
「こちらです」

ニオルは杖を突きつつ、テーバの後を追った。

+++

ニオルは殆ど徹夜でその日を過ごした。
騎士だ。体力はある。
しかし、療養所の職員たちは、若い女性や老齢に近い者まで同じように一生懸命働いていた。その体力と精神力にニオルは感嘆した

(見習わないといけないな…)

療養所に来て、初めて医療現場を目の当たりにした。
目を背けたくなるような凄惨な傷口を一つ一つ丁寧に縫い合わせていく者。
白い骨が見えている傷口でも、若い女性が顔色変えずに止血していくのを見て驚いた。
老齢に近い女性でさえ、根をあげずに大柄な男を必死に引きずっていこうとした。誰もが必死で、誰もが弱音一つ吐くことをしなかった。

「あんた、すげえな」

そう告げるサヴァに何を言っているんだとニオルは本気で思った。

「凄いのはお前達の方だ」

心の底からニオルはそう思った。
騎士であるニオルは生まれて初めて人を尊敬した。ニオルでさえ諦めたくなるような自然の驚異に、療養所の者達は誰一人として文句を言わず、弱音を吐くことなく、精一杯怪我人や病人を守ろうとしていたのだ。子供の時代を終えたばかりのような若い女性でさえ、枯れ木のように細い老齢の者でさえ、徹夜で頑張っていた。これを尊敬せずにいられるだろうか。
それに比べ、自分は何をしているんだろうとニオルは思った。
ただ一度の怪我で諦め、挫折しかかっていた。
過去のクラスメートを羨んで、何一つ努力することなく妬んでいた。

「俺はお前を尊敬するよ」
「はぁ?俺を?」
「あぁ…お前を、そしてここの人たちをな」

怪訝そうに首をかしげたサヴァは一晩中奮闘した証として、泥や血まみれの壮絶な姿だった。
朝の光で改めてその格好に気づいたニオルは笑った。

「凄い格好だな」
「あんたもな」

お互い、土砂降りの中を飛び込んできた怪我人相手に奮闘したため、全身真っ黒だ。
だが、それは自然の驚異に立ち向かった証だ。
お互いに真っ黒な姿だ。
しかし、それが妙に誇らしかった。