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◆夢見る雨(2)

療養所へやってきて二ヶ月が経った。
複雑骨折のため、今だ歩けない。
完全に回復するまで半年はかかるだろうと言われている。
復帰したところで、元と同じように動けるとは限らない。そんな傷だと言われている。
動けぬ騎士は使い物にならない。先が見えぬ不安がニオルを苛立たせる。
そしてそんな不安を更にかき立てているのが天候だ。

「雨が続くな」
「あぁ」

雨は十日以上降り続けていた。それも土砂降りの雨だ。
これ以上降り続けるようなことがあれば、地盤が脆くなり、危険な箇所も出てくるだろうと皆が噂している。
このテーバの療養所は平地にある。しかしど田舎だ。整備された道などが続いているわけではない。近隣の村や町には山地や川を越えていかねばならない場所もある。
特に深刻なのがここから1キロほど先にあるイゾーリダ川だ。
元々、大きな川なのだが、ここはもう下流に近い場所なのでかなり川幅もある。
当然、水量も多いのだ。

そのとき、バタバタと部屋の外を駆け抜けていく足音がした。
続いて急患を知らせる大きなベルが療養所中に響いた。
慌てた様子でサヴァが部屋を出て行くのをニオルは不安と共に見送った。

(まだ真っ昼間なのに、とても薄暗い……)

それは天候のせいだ。
降り続く雨をもたらす、分厚い雲のせいでもう何日も日光が遮られているのだ。

(川が氾濫しなきゃいいが……)

そんな不安は夕刻に当たることとなった。

++++++++++

「川が氾濫したぞ!!」
「大変だ、橋が流された!!人と馬が流されたぞ!!」
「急患です!!急患ですーーーーっ!!」

怒声が響く中、繰り返しベルが鳴らされる。
近隣の地区で大きな被害が出ているらしく、絶え間なく急患が運び込まれているのだ。
思わず杖を突きながら部屋を出たニオルの視界の先で、通路に倒れた人がいた。飛んできた何かにあたったのか、肩が抉れて血が流れている。
実戦経験が少ないニオルは流血を見慣れていない。
思わず口元を抑えたニオルの前で、患者に駆けつけたのはサヴァだった。

「しっかりしろ!今、血止めするからな!」

見習いで頼りないと思っていたサヴァであったが、凄惨な傷を冷静に治療している。
思わずニオルが見入っていると、再び急患を知らせるベルが鳴った。
外から戻ってきたのか、びしょ濡れの院長テーバが周囲に指示を出している。

「院長、入り口のホールに水が入ってきます!!」
「怪我人を避難させるんじゃ!!」
「けど場所が!!」
「とにかく二階以上へつれていけ!!傷口を濡らすわけにはいかん!!通路でもなんでもいいから二階以上へ逃げよ!!」
「間に合いません、もう水が!!」

既に許容量を超える怪我人が運び込まれているので、逃げようにも逃げ場がないのだ。
外は土砂降り。到底出歩ける状況ではない。
そのとき、手当をしていたサヴァと視線が合った。

「あんた、海軍だったな。水の印か?」
「あぁ」
「怪我人相手に頼んで申し訳ないが、外の水が入って来れないようにできねえか?」

大勢の人が困っている。ニオルとしても何かやらずにいられないところだった。ニオルは頷いた。

「出来るだけやってみよう」