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◆アラミュータ(5)

翌日、ウィンは貰った金貨で店を出た。もう二度と客を取りたくなかった。コウ以外の相手に触れられるのが苦痛だったのだ。
店を出ると霧雨が降っていた。
行く宛もなくただ歩いていると、服がしっとりと濡れてきた。

「…雨…か……」

まるで自分の心を表しているかのようだと思う。
薄暗く先が見えぬ現状と一向に晴れぬ心。
コウがくれた金はあまりにも多く、店を出てもまだ残っていた。
コウを思い出すのが辛くて、コウに貰った品はすべて店の同僚たちに形見分けしてきた。
質の良い品ばかりだったため、同僚達は喜んで貰ってくれた。
金だけ持ってきたのはコウがこれからのためにくれた金だったからだ。いつか何かあったときにこの金が役立つかもしれないと思い、持ってきた。
コウは自由にと言ってくれた。
確かに自由だ。ウィンに填っていた眼に見えぬ足かせはもうない。どこへ行くのも自由だ。これだけの金があれば、一生遊んで暮らせるだろうし、どこにだって行けるだろう。

視界の先に城が見えた。ミスティア家の『銀の城』だ。
美しく繊細な作りのその城はコウに似た雰囲気があり、ウィンは無言で目を細めた。
しっとり濡れた黒髪の先からぽたりと滴が落ちた。髪は店を出るときに肩のところで切っていた。
もともと目つきが悪く、傭兵のような雰囲気だったので、ますます傭兵っぽくなった、傭兵になったらどうだと同僚達に言われた。

ウィンは手を握りしめた。

自由に生きろとコウは言った。それが自分には似合う、と。
ならば自由に生きよう。
そうコウが望んだのであれば。
コウがただ一つ望んでくれたことだから。

(けれど俺はアンタに捕らわれていたかったよ…)

幸せを祈っていると言ってくれた。
その言葉が、嫌われて手放されたわけではないと教えてくれた。
それが余計に辛かった。持っていてはいけない未練が残ってしまうのだ。一縷の望みに縋りたくなる。

あれほど愛せる相手に会えるだろうか。
そう思い、ウィンは苦笑した。

まずは生きよう。
ウィンはあてもなく、歩き始めた。