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◆銀の城(6)

城の奥は穏やかだ。
サヴァの住まう場所は奥宮であり、警備も厳しく、入れる人間も限られているため、殆ど人を見かけず、まるで時が過ぎていないかのように感じられる。
夜以外、放っておかれているサヴァは酷く退屈だった。

「なぁ暇なんだけど……」
「文字でも学ぶか?字は読み書き出来た方がいい」

コウは素っ気ない。
コウはいつも朝から仕事のために部屋を出て行き、夜まで帰ってこない。
部屋に戻ってきてからも大抵書類を手にしている。
ミスティアは大貴族だ。その後継者であるコウが暇なわけがない。そう判っていてもサヴァはつまらなかった。サヴァにはこの広い城でコウしか頼れる者がいないのだ。夜以外、一人きりで放置されているのと同じ状態で、サヴァは鬱屈していた。

「なあ…コウ…」
「なんだ、したいのか?」
「そんなんじゃねえよ!!」
「何なんだお前は。今、忙しいのだ。後にしろ」

コウは書類に何やら書き込んでいて、顔を上げる様子もない。
カッとなったサヴァはコウの手を叩いた。
卓上にあったインク瓶が転がり、書類にシミを作る。
サヴァは知らなかったがその書類がコウが三日がかりで取りかかっていた書類だった。

「サヴァ!!」
「何だよ、テメエが悪いんだからな!!俺を閉じこめて可愛がっておきたいだけなら、よく似た人形でもかっておけ」

サヴァは怒鳴ると部屋を飛び出した。
自分でも何故こうイライラするのかが判らなかった。
ただ、コウへの怒りが心の中に渦巻いていた。


+++


サヴァの怒りの意味が分からず、また、書類を駄目にされた怒りもあり、コウは無言でインクまみれになった卓上を見つめた。

「コウ?入るぞ?」
「兄上。無断で入られるのは困る」

返答する前に入ってきた次兄にコウが抗議するとリドは眉を上げた。

「何を言っている。何度もノックしたぞ。返答をしなかったのはお前だ」

全く気づかなかった。それだけ他のことに気を取られていたのかとコウは少し反省した。
しかしサヴァのことは気が収まらない。コウは小さくため息を吐いた。

「おい、この書類はどうした!?炭坑の重要な書類じゃないか」
「サヴァにやられた」

正直に答えると兄は呆れ顔になった。

「サヴァに?何故。仕事の品に手を出すなと教えておかなかったのか?」
「言わずとも興味を持っていないようだったからな。いきなり怒って、私の手を叩いて、インクまみれにして出ていった」
「呆れた話だ。それでサヴァは?」
「だから出ていったと言っている。何処へ行ったかまでは知らない」

リドは眉を寄せ、思案顔になった。

「お前、今日、フィーストン侯爵家のオリガ姫を正式に断ったと言っていなかったか?」
「…私は愚かな者は好きでない。サヴァのように好ましい愚かさならともかく、あの姫は嫌いだ」
「好ましい愚かさ?そこにどう違いがあるのかよく判らぬが、オリガ姫は随分とお前に熱心で思い詰めた様子だった。早めにサヴァを捜させた方がいい。夜の庭は判りづらく、迷いやすいからな」

コウはため息を吐いて、次兄に頷いた。

「判った。捜させよう」

部屋を出て行こうとするコウにリドは眉を寄せた。

「お前も捜す気か?」
「一応原因は私だからな。それに行き先に心当たりがある」

コウはサヴァがよく薬草園の話をしていることに気づいていた。
庭の散策をしている様子とはいえ、夜にそこまで遠くにはいかないだろう。

「リド、すまないが、捜索の指示を出しておいてくれ」
「判った」

頷いて、リドは部屋を出て行った。