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◆銀の城(5)

その日の夜、サヴァは昼の話をした。
コウは大きな椅子に座った状態でサヴァの話を聞きつつ、ちらりとサヴァを見た。

「テーバは代々当家に仕える医師の家柄だ。医師や薬師は幼き頃から親の仕事ぶりを見ながら、その術を磨いていく。医師もそうだが薬師も膨大な数の材料から薬を調合する術を覚えていかねばならない。そうした薬の材料となるものは高価で希少な物も多い。医師や薬師の数が少ないのはそのためだ」
「へえ……あのじーさん、すげえじーさんだったんだな」

サヴァの感想にコウは苦笑した。

「オリガに会ったそうだな」
「オリガ?ああもしかして金髪の女か?」
「恐らく間違いないだろう。今日当家に来たのは彼女しかいないはずだ。お前に敵愾心を持っているとなると彼女しかありえない。何もされなかったか?」

表情は変わってないがコウは心配してくれているらしい。サヴァは笑った。

「されるも何も、お前に不釣り合いだとか当たり前のこと言われただけだ。脅しにもなってねえよ」

下町の罵声に慣れたサヴァにはなんと言うこともなかったのだ。
サヴァの台詞にコウは苦笑した。

「そうか。だが気をつけておけ。彼女はフィーストン侯爵家の娘でな。一応私の正妻候補に当たる。彼女の父である侯爵は物分かりのいい人物だが、彼女は…こう申してはなんだが少々気が強く、あまり聡くないところがあり……」

コウの回りくどい表現にサヴァは呆れた。

「お転婆なバカだと言えばいいじゃねえか」
「そういう言葉遣いはよくない」

何がどう良くないんだかとサヴァは思った。貴族の言葉遣いというのはどうにも判らない。
ハッキリ言って、言い方が違うだけで大差ないとサヴァは思う。だったら判りやすい方がいいではないか。

「まぁよい。ともかく彼女には近づくな」

いわれなくても近づく予定はねえよ、とサヴァは思った。


+++


やることがないサヴァは昼下がりを庭の散策をして過ごすようになった。
ミスティア家の庭は広い。帰れなくなるのではと不安になるほど広いので特に飽きることはなかった。
そうしているうちにサヴァは午後の一時をテーバと一緒に過ごすようになった。
テーバは毎日、庭の一角にある薬草園へ薬草の具合を見に来ていた。

「これがアギリ。解熱用じゃ。こっちの葉はイータデ。解毒用じゃ。ギザギザの葉が特徴じゃ」
「こんな硬いのが使えるのかよ?」
「ホッホッホッ。それは粉薬にするのでな。一旦乾燥させてからすり鉢で潰して粉にするんじゃよ」
「うえ、苦そう…」
「そりゃ当然じゃな。甘い薬など聞いたこともないわ」

テーバの話を聞くともなしに聞きながら、サヴァは薬草園を眺めるように見た。
城の中庭の一角であるというのに呆れるほど広い。無駄なく整然と整備された様子はただそれだけで相当な金がかかっていることを感じさせた。

「広くて立派だな。こんな城のど真ん中に薬草なんか植えてていいのかよ?」

薬草園はいわば畑だ。貴族の庭と言えばやはり散策用の花壇や散歩道だろう。
大貴族の城の庭に『畑』があることをサヴァは疑問に感じた。

「そうじゃのう。さすがにここまではコウさまやご当主さまは来られぬよ」
「そりゃそうだろ。畑じゃねえか」
「だがここに薬草園を作るよう命じられたのは公爵様じゃ」

サヴァは瞬きした。庭に畑を作るよう命じたのが公爵自身だという。
畑に来ない当主が薬草を作るよう命じた意味が判らず、サヴァは混乱した。
テーバは若葉を摘みながら笑った。

「先々代ご当主の代にミスティア領はたびたび流行病が起きたという。そのため、ご当主は少しでも多く薬を民に渡せるようにと庭を潰して薬草園を作るよう命じられたのだそうじゃ。当然、庭師や重臣は反対したそうじゃが、ご当主はこう仰ったそうじゃ。『花を見るより元気な民の笑顔を見る方が和む』」
「へえ…」
「以後、この場所はずっと薬草園なんじゃよ。それは代々のミスティア当主が花よりも民の命を重んじておられる証拠じゃ。じゃからワシらはご当主のためにこの薬草園を大切に守り続けておる。ここはワシらの誇りでもあるのじゃ」

城の一角の畑にそんな歴史があったとは思いもせず、サヴァは感心して畑を見つめた。
ミスティアの歴史は長い。その分だけ様々なことがこの城でも起きたのだろう。
次の公爵はコウだ。彼もこの庭を守ってくれるのだろうか。
そんなことをサヴァは漠然と思った。