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◆銀の城(4)

ミスティアの城では暇だった。ハッキリ言って何もすることがないのだ。
娼館にいた頃はあれやこれやと雑用を命じられていたので、何かと忙しかったものだ。
それがここでは何もしなくていい。掃除も、食事を作るのも、洗濯をするのもすべてその担当がいるのだという。
人に世話されることに慣れていないサヴァは、面倒を見られることが居心地悪く感じた。
特にそれが年下だったり女性だったりすると、居たたまれない。
そこでコウに自分の分ぐらいは自分でしたいんだが、と申し出てみたが、結果は否だった。

「それは彼等の仕事をお前が取り上げることになる」
「取り上げるってそういう意味で言ってるんじゃねえよ。俺は自分のことぐらいは自分でやるって言ってるだけだ」

コウは首を横に振った。

「ここにいる者達は、皆、誇りを持って仕事をしている。そしてミスティア家が彼等に仕事を与えているということは彼等にその分の賃金を与えてやれるということだ。彼等はその賃金で家族を養い、生活をしている。ここで彼等の仕事を取り上げるということは彼等は賃金を貰うための仕事を失うということだ。そうなると彼等も困るが私も困る。失業率が上がるからだ。失業率が上がるといろいろと問題が出てくる。判るか?サヴァ」
「……難しくてよく判らねえが、とりあえず、掃除や洗濯はしない方がいいってことか?」
「そういうことだ。何もせずに世話されることも仕事の一つと覚えておくがいい」

お前は何もしなくていいとコウは繰り返す。それはコウの気遣いでもあるのだろう。
しかし、ハッキリ言って馴染めない。
サヴァは小さくため息を吐いた。


+++


ともかくすることがないので退屈だ。
ブラブラと庭を歩いていたサヴァはその広さに呆れつつ、見事に整備された緑に驚いていた。
どの木一つをとっても無駄がない。綺麗に剪定され、乱れたところが一つもないのだ。
あまりに綺麗すぎて落ち着かなかったが、室内よりは庭の方がまだ馴染めた。
意味無くぶらぶらしていると、唐突に声をかけられた。
振り返ると十代半ばらしきブロンドの綺麗な少女が立っていた。

「貴方がコウさまの愛妾ですって?不細工な顔!貧弱な体!コウさまも気まぐれで引き取りになられたに違いないわ。あまりにも不似合いですもの」

少女は意地悪く笑うと綺麗な扇子を広げて口元を隠した。

「せいぜいコウさまのご寵愛を失わないように頑張ることね。本当にお会いするほどのこともなかったわ。見る価値もないとは確かですこと」

言うだけ言うと、そのまま少女は去っていった。
なんなんだと思いつつもサヴァはさほど不愉快ではなかった。娼館ではもっと酷いことを言われて殴られたり物をぶつけられることも多かったからだ。それに比べると少女の悪口は気にするほどのことでもなかった。

(何、当たり前のこと言ってんだ、あの女…)

そう思っていると、背後から再び声がかけられた。

「あまり気にするでないよ。あの姫はコウさまのご寵愛を受けることができなくて、気が立っておられるのじゃ」

振り返ると初老の男が立っていた。
頭に白いものが目立つ、やや腰の曲がった老人はニコニコと笑んでいる。
庭で堂々としている様子を見ると、老人もまたミスティアの関係者であるらしい。

「あんたは?」
「ワシはここで医師をしておるテーバと申す」
「あんたも俺のような馬の骨がコウに近づくなんてと思ってるのか?」

そう問うとテーバは面白そうに笑った。

「ホッホッホ。思うも何も今更じゃのお。今の公爵さまも正妻以外にお二人おられるし、先代も四人の奥方がおられた。正妻ならばともかく、妾がどんな素性であろうと気にかけるものは殆どおらぬよ。あのようにコウさまの寵愛を得たい者以外はな」
「正妻は素性がよくねえといけねえのか?」

当然といえば当然のようなサヴァの質問をテーバは笑い飛ばさなかった。

「そうじゃの。正妻は素性が良い方がいい。そして出来れば子が産める女性がよい。その血によって後継者争いを防ぐことができる。
コウさまが良い例じゃな。母君が王妹という特によき血であったために、ご兄弟と争われることなく後継と決まった。
正妻によき血の者を。他はそれより劣る血を。
言い方は悪いがその方が身内争いをせずに済むのじゃよ」

貴族ってのはいろいろ難しいんだな、とサヴァは思った。
複数婚が珍しい一般民では血筋など気にかけることもない話だ。

「ところでおぬし、暇であるならばワシの薬草を見ていかぬか?珍しい花もあるぞ」
「いいけどよ、さっきコウに仕事は手伝うな、そいつらの仕事が無くなるからって言われたんだよ」
「ワシは医師じゃ。病人が出ぬ限り、ワシの仕事などないんでの。おぬしと同じく暇を持て余しておる。暇つぶしの相手をしてもらうだけじゃ」
「それならいいけどよ」

思わぬところに自分と同じく暇な人間がいたらしい。
サヴァは肩をすくめてやや腰の曲がった老人の後を追った。