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◆銀の城(2)


(でっけえ……)

当たり前と言えば当たり前かもしれないが、城内は広かった。歩いても歩いても先が見えてこない。その間、いろんな人々とすれ違う。誰もがコウに気づくと足を止め、丁重に一礼していく。

(どこまで続くんだよ)

いいかげん歩き疲れた頃、周辺の雰囲気が変わった。石畳の通路に絨毯が敷かれ、壁に絵画が目立つようになった。
そのとき、三つ先の扉が開き、人が出てきた。明るい茶色の髪はやや短め、目も同色。生真面目そうな雰囲気。20歳前後だろうか。中肉中背の健康的な青年である。
その人物はコウに気づくと近づいてきた。

「その子か?」

コウが頷き返す。

「サヴァという。姓はないようだ」
「そうか。人は揃えてる。……サヴァと申すのか。私はコウの兄リード・レイ・ド・ミスティアと申す。今日は疲れただろう。するべきことをすませたらゆっくり休むがいい」

そう告げると兄だという青年は去っていった。
再びコウが歩き出すのを追うように歩き出す。

「…あんたの兄さん似てねえな。兄さんってことはあの人が次のご領主さまか?」

何気なく問うたことだったが、コウは見事に顔をしかめた。

「次の領主は私だ。兄は妾腹の子なのでな。私と兄が似てないのはお互いに母親似だからだ」
「あぁ?あんたがご領主だって!?んじゃアンタが王妹の子かよ!?」

さすがのサヴァも自分が住む領地の領主一族の噂ぐらいは知っていた。
自分の暮らす土地を治める領主一族のことはどうしても皆、気になる。ゆえに噂になりやすい。民は自分たちの領主が次の代で王家の血を引く者になるということを誇らしげに語っていた。美貌で有名な美姫。その美姫の血を引く息子もまた美人なのだと。
ミスティアに住む者なら誰もがそのことを口にし、噂にしたことがあるだろう。それぐらい有名な噂だった。

「あぁ。母はココ姫だ」

白薔薇のココと歌われた名高き姫が母親だとコウはあっさりと認めた。答え慣れているところを見るとよく言われるのだろう。
ここだ、と案内された部屋は広かった。しかし部屋の奥にも扉がある。続き部屋があるらしい。
家具が揃って高価そうなのをサヴァは諦めがちに見回した。一体幾らぐらいする家具類なのか、サヴァは考えないことにした。
そして部屋には女官が二人、侍従らしき男が三人いた。

「サヴァ、まず彼等の指示に従え」

そう告げるとコウはあっさりと部屋を出て行った。
着替えさせられるのか、と思ったサヴァの予想は外れた。服を脱がされ、用意されていたらしい浴室へ連れ込まれる。自分でやるというサヴァの主張は見事に無視された。体格のいい男三名に体の隅々まで磨かれる。あらぬところまでしっかり磨き立てられ、しかもそれを指示するのは年配の女官だった。ばさばさだった髪もきっちり浴室で切りそろえられて、幾つもの洗剤で繰り返し艶がでるまで洗われる。
くたくたになって浴室を出ると、今度は裸体のままあちこち採寸された。そのころには悪態をつく気力もなく、なされるがままのサヴァだった。
そして柔らかなシルクのパジャマ姿で部屋の続き部屋へ放り込まれた。そこは寝室だった。呆れるほど広い寝台にコウが似たようなパジャマ姿で座っていた。

「ほう、見事に剥けたな」

リオダはさすがだ、と呟くコウにあの女官の名はリオダと言うのか、とサヴァは思った。

「あのクソ女…」
「彼女は私の祖母ぐらいの年齢だ。そなたのような若造の台詞など子供の悪口ぐらいにしか聞こえまい。言うだけ無駄だ」
「俺より年下のてめえに言われたくねえ…」

寝台は全面に刺繍が施されたカバーがかぶせられていた。シーツも柔らかく滲み一つない。

(うぉ、すげえ…)
サヴァはコウが娼館の寝台に文句をこぼしていた理由をハッキリ悟り、幾度もシーツを撫でた。

「なるほど、こんな柔らかくて広い寝台に慣れてちゃ、あんな汚くて狭いベッドにゃ寝る気はしねえよな」

そうだなとコウは頷く。

「…よくあんなベッドで眠れたな、あんた…」

こんな寝台に眠り慣れていたらあんな寝台だと一睡も出来なさそうだ。
そう思って問うとコウは綺麗な目をサヴァへと向けた。

「眠ってみたかったのだ。意外と寝れた」
「寝てみたかったって何でまた」

あんな汚くて安っぽい寝台に寝たかった理由が判らずに問うと、コウは己の寝台に視線を落とした。

「私の寝台は広く、手が込んで作られている。だが私の領民たちに私と同じような寝台を使っている者はいないだろう」

だから一度、一般的な寝台に寝てみたかったのだとコウは言った。

「だが一度で十分だ」

コウはそう付け加えた。よほどサヴァのベッドに辟易したらしい。

「あんたなぁ……」
「さて…話はそれぐらいでいいか?」

サヴァはぐいっと腕を引かれた。間近で顔を覗き込まれて息を飲む。

「…申しただろう?愛妾として引き取ったと」
愛妾としての役割を果たしてもらおう、とコウは告げた。