文字サイズ

◆銀の城(1)

店は小さな道に面している。その道を出て歓楽街の大通りまで来るとすぐに馬車に乗せられた。通常、歓楽街で馬は使えないのだが、ミスティア家の人間だからだろう。乗せられた馬車は四頭引きの見事なものだった。
上質のカーテンから覗く風景。見慣れた歓楽街の景色が瞬く間に過ぎ去っていく。あっけないほどに街を出た。ずっと出れないと思っていた街を。

「こんなに簡単だったんだな」

ぽつりと呟くと怪訝そうに見つめられた。馬車の中には二人だけだ。コウが連れていた二人の部下は騎士に相応しくそれぞれ馬を連れていた。

「いや…街を出るときは川に浮かんだときだと思ってたからよ…」

コウは顔をしかめた。その表情を見て、美人はしかめ面でさえ絵になるっていうのは本当だったんだな、とサヴァはズレた感想を持った。



やがて馬車はミスティア家の居城へと入っていく。
ミーディアの街の中心部にある白煉瓦と白蒼石を使用した美しい城だ。豊かな領地らしく大きく広大な城を領民は銀の城と呼んで誇りにしている。ミスティア領には質の良い銀を算出する銀山があるのだ。

『ミスティアは恵まれてるんだよ』

そう言っていた客を思い出す。
肥沃な大地は災害がない限り、豊かな実りを約束してくれる。産出量が多く、質もいい鉱山、そして東に広がる豊かな海。
ミスティアは代々よき領主が続いていることもあり、民もその恩恵に預かっている。赤子や高齢者を無料で診てくれる医師や温泉が公的資金でまかなわれている場所もあり、災害時の復旧も迅速に行われる。
元々豊かな領地ではあるが、よき領主でないと民はその恩恵にあずかれない。
領主がいいから民も恩恵に預かれる。民は領主一族に感謝し、忠誠心を厚くする。
『銀の城』と妬みなく呼べるのは民が領主一族に感謝している証だ。


「……あんた、俺をここでどうする気だ?」
当然といえば当然のことを問うとコウは少し呆れ顔になった。

「我が愛妾の一人になってもらう。それ以外に何があるんだ?」
「下働きじゃなくてか?」

少し驚いて問い返すとコウは顔をしかめた。

「何故この私がわざわざ下働きを自分で探して連れてこなくてはいけないんだ。当家の下働きには厳しい基準がある。素性のハッキリした者でなくばなれん」
「あぁ?マジかよ。信じらんねえ…」

別の意味で愛妾より難しいらしい。さすがは大貴族だとサヴァは思った。下働きに厳しい基準など初耳のサヴァだった。
馬車を降りるとコウの部下らしき騎士や女官らが整然と並んで待っていた。驚くと共に緊張する。しかしコウは慣れた様子でその前を通り過ぎていく。サヴァは居心地悪く思いながらその後を追った。自分が場違いな自覚はある。さすがにこの場では悪態もでてこなかった。