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◆フィゼア(10)

『黒』という色はコウの母にとってよくない色であるらしい。単純に闇夜を思い出させるのだそうだ。偶然黒髪に染めているところを見られて、盛大に嘆かれた。
王宮育ちで文字通り重いものを何一つとして持たずに育った母親は苦労知らずだ。王女として生まれ、掌中の玉として愛され、汚いものを何一つ知らずに育ったのだ。母には自然と育ちの良さが滲み出ている。おっとりとしていて純粋な母親の性根をコウはよいものに思う。
しかしコウが好むのは汚い世界を知っても汚れない心だ。コウの知る限り、その心を持つのは二人。コウの次兄リドと娼婦街のアラミュータにいる馴染みの男娼だ。

次兄リドはコウの三歳上で普段は領内の内政に携わっている。典型的な貴族の息子だ。
リドの母親は地方の大地主の娘だ。ある程度権力を持つ平民が子供を貴族の元へ働きに出すというのはよくある話だ。娘の場合、大抵は数年間、メイドや側付きの女官として過ごし、年頃になると親元へ戻っていく。まれに貴族の目にとまり、愛妾となることもあるがリドの母親はそのパターンだった。
親の素性が素性であるため、リドは生まれたときから後継者としては考えられていなかった。既に生まれていた長兄はコウには劣るものの、リドより血筋はよかった。そのためリドは最初から『後継者の側近』となれるよう育てられたという。
醜い後継者争いなど起きぬよう、リドは幼い頃から徹底的にコウのためとして教育されたという。そして元々性根が真っ直ぐだったリドはそのまま成長した。貴族の世界はけして綺麗な部分ばかりではないにもかかわらず、リドの心は曲がることがなかった。年下の弟が後継者として優遇されているにもかかわらず、リドはそれを当たり前として受け止めた。弟のために働くことを厭うことがなく、それどころか弟に忠誠を誓っている。

『アレは少々ブラコンがかっているからな』

軍に入った変わり者な長兄はそう言って笑ったが、コウは否定できなかった。
リドはコウに好意を持ちすぎているところが見られるのだ。
娼婦街行きを知ったとき、真っ先に反対し、それぐらいなら素性のはっきりした愛妾を見つけると言って聞かなかったのもリドだった。
結局長兄が説得してくれたが、やや修羅場だったと聞いている。

「リド。男娼を引き取るから」

そんなブラコンな兄がどう反応するかと思いつつ、率直に告げると案の定、次兄は目を丸くした。

「決定だ。何、戯れみたいなものだと思ってくれ。店の扱いが悪かったから放っておけなくてな。生まれも育ちも悪いが、諦めてくれ」
「お、お前……」

反論しかけた次兄だったが、諦めたのか、がっくりと肩を落とした。

「後始末はちゃんとするんだぞ…」
「フェイとラヴァンがいるから問題ない」
「そうか……。王都行きが近い。あまり騒ぎは起こすなよ」

次兄は意外と聞き分けがよかった。コウは安堵しつつ頷いた。