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◆フィゼア(7)

他の領主とも連携を取っていたため、予想以上に取り締まるのに時間がかかった。
しかし無事狙っていた組織の本拠地を叩きつぶすことができたコウはやっと一息つくことが出来、歓楽街へと出向いていた。
大きな店アラミュータの入り口を潜り、ちらりと店内へ視線を走らせる。いつも壁際のソファーに座っている馴染みの男娼はコウを眼にして眼を細めた。甘えたり嬉しそうに駆け寄ってくるようなかわいげのある娼婦ではないので、目に見える反応はない。しかし近づいていくと、少しソワソワした様子で手を組み替えている。わざと素っ気ないそぶりをしているのがコウの目には丸わかりで面白かった。
そのままいつものように部屋に案内され、酒を注文し、ソファーに座る。

「久々のお出ましだな」

馴染みの男娼にそう言われ、確かにそうだなとコウが思っていると、相手はワイングラスを動かしつつ呟いた。

「最近は騒がしいな。ドラグだったか?後ろ盾が潰されたようだが、何も知らねえ下っ端どもが暴れているらしい」

コウは立ち上がった。馴染みの相手は唐突な行動に顔をしかめる。

「……おい…」
「すまないな、急用ができた」

この大きな店の馴染みはともかく小さな店の馴染みの方が気になった。受けている待遇も最低だったので尚更だ。

「……ちっ…言わなきゃよかった…」

小さな呟きを聞き取り損ね、コウは振り返った。

「何か言ったか?」
「いや、また来いよ」

コウは気もそぞろに頷いた。そのため、相手が名残惜しげにずっと見送ってくれたことに気づかなかった。




コウがいつもの小さな店が見えるところまで行くと、駆け寄ってきた相手に呼び止められた。フェイであった。

「駄目です。あの店では今、騒ぎが起きています。ご自重を」

どうやら護衛達が先回りして調べてくれていたらしい。

「…アレは?」
「……」

ない返答に事態を悟った。

「行く」
「いけません」
「行く。お前が私を守れ」

フェイは小さくため息を吐いた。止めようがないと悟ったのだろう。諦めた様子でついてくる。
小さな店の前まで来ると怒鳴り声が聞こえてきた。その声に混じって娼婦達の悲鳴のような声が響いてくる。
コウは無言で中へ入った。




「何をしている」
コウは静かに告げた。
娼婦や客たちは恐れおののいた様子で壁際まで逃げている。男達が蹴り殴っている男を救おうとする者は一人もいなかった。文字通りリンチのような状態だった。

「なんだあ?ガキが。何しにこの街まで来ている。お前みたいな乳臭えガキは家でねんねしてな」
「ぎゃはは、ママの乳でも吸っておねんねってな!!」

十代という年代では歓楽街では子供に見えるのだろう。若いという自覚はあったのでコウは反論しなかった。逆に後ろに立つフェイの方が怒気を露わにしているのが伝わってくる。普段は軽い雰囲気のフェイだが、腕のいい騎士らしく忠誠心は強いのだ。

「離せ」
「ああん?」
「その薄汚い手を離せと言っている。その者は私のものだ」

相手をするのは自分だという意味を込めて剣を抜くと数人の男達は一気に怒りを露わにした。
クソガキがと言いながら次々に剣を抜く。その状況に周囲の緊張は一気に増した。しかし逃げようというものはいない。コウたちが立っているのが入り口付近であるため、文字通り逃げ道を塞がれているのに相応しい状況なのだ。
多勢に無勢に近い状態。屈強な柄の悪い男達数人と子供一人のような状況で勝ち目は無に近いかと思われた。
一方、コウは男達の注意がサヴァから離れたことに満足だった。
多勢に無勢の状況とはいえ、コウは護身術を叩き込まれているため、剣技にそれなりの自信があった。この状況でも己の身を守れる自信はある。
後ろにはフェイがいる。フェイがいるということはラヴァンら、他の護衛も近くにいるのは確実だった。フェイは絶対にコウの身の安全を第一に考える。コウの身の安全のためならば、コウ自身からの命令をも反故する。しかし、この状況でも逃げろと言い出さないのを見れば彼に勝算があるのは確実だった。
案の定、コウが剣を抜いてすぐに開いたままの店の入り口から人が飛び込んできた。コウを庇うように低く身構える。ラヴァンだ。そしてその隣に身を乗り出したのはフェイ。やれやれとため息を吐きながら剣を抜く様が彼らしい。

「あぁ?なんだテメエら。後輩を庇って戦うってか?さすが騎士様。お育ちがよろしいことで」
「友情に厚いというか、熱〜い騎士精神ってわけかぁ?」
「寿命縮めるぜえ?ぎゃはははは」

笑いながら飛びかかってきた男達は7人。相手は三人に増えたとはいえ、倍以上の人数であるため、男たちは自信たっぷりに襲いかかってきた。
勝負は十秒とかからぬうちについた。