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◆フィゼア(3)


立場上、まめに足を運ぶわけにもいかず、コウは二ヶ月に一度か二度というペースで娼婦街へ足を運んだ。そのときは当然護衛達も一緒である。
むろん、護衛達はプライベートで足を運ぶことも多かったようだが、回数を重ねるうちにコウもそれなりに娼婦街のことを学び、慣れてきた。
そうしたころ、コウは新たな店を知るきっかけに出逢った。



「そなたら何をしている?」
道を歩いているとき、殴る蹴るといった殴打音を耳にし、コウは路地へ入った。
娼婦街は中立地区だ。基本的に身分差関係なく過ごせる場であり、刃傷沙汰は御法度である。しかしそれでも全くなくなるというわけではない。大抵の者はやっかいごとは勘弁とばかりに見て見ぬふりをするというが、コウはそうはしなかった。

「なんだぁ、ガキが。邪魔するつもりなら殺すぞ!?」

酒か薬が入っているのか、ろれつが回らぬ男は血気張っている様子である。コウは怯まなかった。護身術は幼い頃から叩き込まれている。護衛に手をかりるまでもなく叩きのめした。
助けた男は20歳前後に見えた。背はそれなりだがひどく痩せている。髪は暗いのでよく分からないが、白に近い色のように見えた。肩より少し上で無造作に刈られているせいで浮浪者のようにも見える。

「店は何処だ?送ってやる」
「…いらねえ……余計なお世話だ」
「そうか。無理はするなよ」
「……ああ。ありがとよ」

助けた相手は自分で立ち上がろうとし、よろけて壁に縋り付いた。その様子を見て、到底歩けないのではないか?とコウは疑問に思った。
己より年上であろう青年をコウは背負うように支えた。

「歩けぬのなら素直に言え。迷惑だ。行くぞ」

コウは強引に店の場所を聞き出すと歩き出した。




店構えも小さく、質も悪いそうな店が助けた相手の店だった。
言葉短く礼を告げられただけで店員は素っ気なかった。怪我を負った娼婦の男には罵声を浴びせ、手当をする様子もない。質の良い大きな店しか利用したことのなかったコウは少し驚いた。

(なるほど…店にもレベルがあるものだな)

コウは助けた相手の時間を買うつもりで店に金を払った。店側はころりと態度を変えてコウを客として扱い、娼婦の男の部屋へ案内した。怪我人であろうと金さえ払えば客の相手をさせるらしい。男は舌打ちしていたが、コウが何もする様子がないのを見ると、いぶかしげな様子を見せた。

「アンタのモノは使えねえのか?」
「どういう意味だ?」

いわゆる俗語のたぐいに慣れていないコウはいぶかしげに問い返した。

「あぁ?金払って何もしねえなんざ、不能かって言ってんだ」

さすがに意味を理解するとコウは不快気に男を睨んだ。

「私にも趣味はある。怪我人の相手をする趣味はない」
「あぁ?だったら何で俺を買いやがった。同情のつもりなら笑ってやらぁ」
「そうか。では笑いたまえ。私は疲れているので眠らせてもらう」
「はぁ?」

高価なベッドに慣れているコウは質の悪い寝台に顔をしかめたが、そのまま潜り込んだ。一夜を買った男が何やらぶつぶつ言っているのが聞こえたが、コウは無視した。そしてコウはその夜、娼婦街に来て初めて何もせずに眠ったのであった。