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◆フィゼア(2)


トウータはミスティア領一と呼ばれる歓楽街であり、ミスティア領主のお膝元ミーディアの町にある。
当然ながら大きな店が多く並び、日が落ちると道には多くの呼び子が出て、町を華やかに彩る。そして色子達を嬉しそうに見ながら彷徨い歩く大人達が花に集まる虫のように増えていく。
コウは目立つ金髪を黒く目立たぬように染め、顔もなるべく隠れるように髪で隠し、変装していた。

「なかなか面白いところだな」

コウは興味深そうに呟いた。しかし表情は変わらない。幼い頃から滅多に感情を外に出さない子供だったが、ある程度成長した現在も同じだった。むしろ幼い頃よりその傾向は拍車がかかり、内心驚いていても完璧なポーカーフェイスであった。

「あー、お願いですからあまり目立たぬようにしてくださいね」

そう告げるのは騎士服を着た男フェイである。見た目は二十代半ば、黒髪黒目の色男といった雰囲気だ。色町に来ても可笑しくない者として選ばれた護衛の一人であり、ミスティア家直属の騎士である。色町への護衛に選ばれただけあり、それなりに色事にも慣れていて、腕も立つ。しかしさすがに今回は後継者の護衛とだけあって、慎重になっている様子である。

「年齢的にぎりぎりだもんな。多少は目立っちまって仕方ないって」

コウは大人びているため、見た目的には18〜19歳に見える。しかし実年齢は16になったばかりだ。
軽く肩をすくめたのはもう一人の護衛ラヴァンだ。銀髪碧眼の彼も色町の護衛として選ばれた。いかにも軽薄そうな性格に見え、実際の性格も近い。しかし代々ミスティア家に仕える名家の生まれであり、幼い頃からミスティア家の為になれと武芸を叩き込まれて育った。故に性格の軽薄さと裏腹に忠誠心は高く、ミスティア家からの信頼も高い。故に今回選ばれた。
他にも護衛は紛れているが、直の護衛はこの二人であった。
コウは騎士見習いの服を着ている。ラヴァンとフェイの二人に連れてこられた騎士の後輩という触書である。

「アラミュータなんてアルディンさまもなかなか良い店の選択をなさるものだ」
「…娼館ということは判るがどんな店なんだ?」
「この歓楽街の中でも大きな店の一つです。故に取り扱っている娼婦も多く、選びがいがある。娼婦が多いってことはそれだけ客も多いので俺らが入っても目立たずにすみますし、いろいろ誤魔化しようもある」
「なるほど…」
「あー、あそこだ、坊ちゃま」

ラヴァンが指した先に大きな構えの建物があった。




どっしりとした門構えの入り口、内部へ入ると重厚さを感じさせる邸内に複数のソファーに座った男女の娼婦達と相手をされている客たちの姿があった。
まだ客のいない娼婦達は好みの客に目配せしたり近づいていったりして今宵の相手を探している。
客達も狙いの相手へ向かっていったり、逆に誘われたりしながら思い思いの時を過ごしている。
暗黙の了解として接客していた客が別の娼婦へ向かってもその娼婦は追わないのが原則であり、逆に狙いの娼婦が別の客の相手をしていたら諦めるのが客側の原則であるという。
三人が店へ入ると寄ってきた案内係が開いたソファーへと案内してくれた。フェイがその案内係に小声で何か囁いていたところを見ると最初から準備されていた席なのだろう。長兄が教えてくれた店のため、何らかの連絡が店側に行っていても可笑しくなかった。
フェイとラヴァンは品定めをしているような会話を交わしつつ、店内に視線を走らせている。恐らく異常がないか確認しているのだろう。
コウは興味深く店内を見つつ、壁際のソファーに座った男に眼を止めた。次兄に近い年齢に見えるから20歳前後だろうか。毛先の不揃いな黒髪を無造作に首の後ろでしばり、目つきが鋭すぎて娼婦には見えないがソファーに座っているということは護衛でなくて娼婦のはずだ。しかし見た目の雰囲気は娼婦ではなく傭兵や盗賊のようだ。

(大きな店だけあり、取り扱っている娼婦も個性豊かというわけか…)

やがて一人の女性がやってきた。左右の護衛たちが呼んだようだが、間違いなく店側が用意してくれた相手だろう。筋書きは騎士の先輩が後輩のために選んだ女性、といったところか。

(まぁ初日だし、とりあえず彼女と楽しむか)

作られたシナリオを楽しむのも悪くないとコウは女性の手を取り、立ち上がった。