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◆フィゼア(1)


ゲヴェナ大陸の東南にあるウェリスタ国。
大陸でも三大国の一つと言われ、領土も広く豊かな国である。
その国の東に位置するミスティア領も例外ではなく、東に面した海からの幸と、鉱山からの収益、そして葡萄酒という特産物もあり、国内有数の豊かな領土であった。


コウ・ル・ド・ミスティアはミスティア領を代々支配するミスティア公爵の嫡男である。
彼には近衛将軍として名を馳せている長兄と領地内の内政をしている次兄、貴族学校へ通っている弟がいる。
コウが後継者であるのはコウが正妻の子供だからである。コウの母親は王妹であるため、コウはウェリスタ王子らの従兄弟にもあたる。
三男ではあるが、そういった生まれであるため、コウは生まれた時からミスティア家の後継者として英才教育を受けて育てられた。
大国ウェリスタの中でも大領土と名高きミスティアの後継者として完璧な教育を施されて育てられたのである。

母親は白薔薇のような美姫と歌われた人物だったという。
そんな美姫でありながら他国ではなく国内の貴族に嫁したのは末姫であり、国王の寵愛が深かったためだ。コウの母はミスティア公へ想いを寄せ、国王が婚姻を許したのである。
コウの母親は兄弟が多かったことも幸運だった。五人の皇子と四人の姫がおり、政略婚となった婚姻は兄や姉で済ませられたのだ。大国であり、大抵は貰う方で済んでいることも幸運の一つだった。コウの母親は本当に運がよかったのである。
そしてコウ自身はその母親から美貌と王家の血を受け継いだ。
根元から髪先まで完全な光を宿す金の髪、神秘的な紫の瞳を縁取るまつげは長く、瞬きをするたびに光を弾くかのよう。母親譲りで儚げな容姿でありながら、そう思わせないのはその眼差しの持つ強さだ。大領主の後継者としての教育を受けたコウは人に媚びることをせず、若くとも支配者としての風格を持つ。強い知性と支配者としての風格が外見の甘さを吹き飛ばしているのだ。
コウ・ル・ド・ミスティアはそういう人間だった。

「娼館へ行きたい?それは構わないが、わざわざそんな場末のところへ行かずとも娼婦が欲しければ見繕えるだろうに」

久々に帰ってきた長兄アルディンは弟の要望に少々呆れ顔だった。一体何を言い出すのかと言わんばかりの表情である。

「場末と呼ばれるところをこの目で見ることにも意味がある。公爵位を正式に継ぐ前にいろんなところを見ておきたい。それは若いうちにしか許されぬ若者の特権というものだと思わないか?長兄上」

コウはいつも通り冷静かつ無表情で告げた。

大貴族の生まれでありながら軍人となり、変わり者と呼ばれている兄は納得顔になったものの、軽く肩をすくめた。

「わかった。しかし我が弟ながら十代半ばの子供の言う台詞とも思えぬな。お前の兄リドの方がよほど子供の心を持ってる気がするぞ」
「リドは真っ直ぐなところがいいんだ。あれは貴族には滅多に持ち得ぬ、得難きものだ。是非大人になるまで失わずにいてほしいと思う」
「リドはもう19だ。既に大人と言っても良い歳のような気もするがな…」

呆れ顔で呟きつつアルディンは視線を彷徨わせた。

「そうだな…お前が行きたいというのなら幾つか店を紹介しよう。お前が望むなら娼婦も見繕っておくがどうする?」
「店の紹介だけでいい。あと男女混ざった店がいい」
「ふむ…男娼も見たいのか。いいだろう。…だが護衛は連れていけよ」
「判っている」