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◆にわとり印のパン屋の話(その22:シード視点による裏話)



執務室に一番近い売店でパン屋をしている若い店主が困り顔をしていた。
事情を聞けば、パン屋見習いをしている子供が熱を出してしまったという。
病院へ連れて行くにも店番がいないと困り顔だ。そりゃ大変だな。
遠慮するのを押し切って、臨時の店番をすることになった。子供の体の方が心配だからな。医者に診てもらう間の留守番程度なら俺でも出来るだろ。
ええと、あぁこれがエプロンか。白地に金色の竜が黄色い糸で刺繍されてるな。ウェールのお店?あぁ店の名か。
茶色の籐かごに盛られているパンを眺めつつ値段を覚える。美味そうだな。腹が減ってくる。ちょっと高いが質がよくて美味いんだよな、ここのパンは。
そんなことをしつつ、カウンターの中にある椅子に座ってると複数の足音が聞こえてきた。この店は第五軍本営の一角にあるから店の前の通路を通る連中も殆ど軍関係者だ。
誰か買うヤツいねえかなと思っていると、通り過ぎていくのは見覚えありまくりの連中だった。大隊長どもじゃねえか。そういえば今日はうちの本営で大隊長会議があるって聞いてたな。大隊長全体の会議なので1〜4軍の大隊長どもも来ているようだ。
そのうちの一人と目が合う。当然ながら驚愕された。

「し、シードさま!?何故そのようなお姿を!?」

姿?あぁエプロンのことか。突っ込むところはそこかよ。

「いえ、あ、あの、新婚っぽくてお似合いです!!」
「ありがとよ」

礼を告げるといきなり落ち込みやがった。自分から新婚ぽいと褒めてきたくせに、何なんだ、こいつ。
気付いて立ち止まった他の連中がわらわらと集まってくる。

「何故こちらに?」
「店の子が熱を出したらしくてな。医者にかかってる間、臨時の店番だ」
「なるほど。さすがシード様!」

いや、病人がいたら助けるのは当然だろ。
それより買わないならとっとと去れ。営業の邪魔だろうが。

「も、もちろん買います!」
「買いますとも!!」
「こちらを二つ」
「三つ」
「いや、四つで!!」
「では、俺は五つで!!」

「……てめえら張り合うな。ちゃんと均等に買っていけ…」

思わず呆れていると

「お客様、代金をお願い致します」

良いタイミングで隣から手が差し出される。コリンだ。

黒髪の子は口数少ないが、要領良く、慣れた様子で会計していった。へえ、なかなか仕事ができるようだな。客捌きも見事だ。

大隊長どものおかげでパンは一気になくなった。

「シード様、ありがとうございました!」
「また伺います!」

おう、また来い。俺は店番してないだろうがな。

「美味しかったです!!」

いや、お前まだ食ってねーだろ。

「君、名前は?」
「コリンです」
「コリンちゃん、また来るよ」

子供に目をつけている危険なやつまでいる。

「俺、男…。ちゃん付けはちょっと…」

言われた子の方は困惑顔だ。

「子供に手をつけるんじゃねえぞ」
「と、とんでもない、俺はシード様一筋ですっ!!」
「俺は既婚者だ」

全く、なんで大隊長どもはこう変な連中ばかりなんだか。
まぁ売り切れたのはよかったが。
しかしパン屋ってのは忙しいもんだな。びっくりだ。

<END>