文字サイズ

◆にわとり印のパン屋の話(その9)



俺の印は水だ。ごく普通のサイズで特別なことは何もない。
パンを焼くのにはほとんど使えない印だが、夏場はちょっと役に立つ。氷が作れるからだ。
ワゴンの屋根を広げて日陰を多めに作り、布で幾重にもくるんだ氷を敷き、その上にパンをのせたトレーを置く。いろいろと対策をたてないと夏場はすぐにパンが悪くなる。
それでもパンが腐りやすいので夏場は営業時間を短くせざるを得ない。

その分、稼ぎをよくするため、俺は氷を売っている。
同業者は多そうで少ないのか、レモン水を凍らせて細かく砕いただけの氷はとてもよく売れている。

「暑い日に氷って字を見ちゃ、つい買っちまうんだよ」

とお客様。
その後、要望を受けて、アイスコーヒーと冷茶も売ることになった。
需要があるなら売りまくれとザジさんも言っていたし、商売人根性だ。
ちなみにザジさんは夏の間はパン屋をやめて冷菓屋をしたらどうだ?とまで言っていたけれど、さすがにそこまでする気はない。いつ、いかなる時でもパン屋であることを忘れるつもりはない。一応、パン屋根性なるものが俺にもあるのだ。

「そのパン屋根性ってのは、役立つのか?商売人根性だけにしておけよ」

とザジさん。
……役立たなくても持っておきたいと思っているんです。はい。

<END>