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◆にわとり印のパン屋の話(その8)



クリーム色の長髪のお客様は冬場によく来てくださった常連さんだ。
けれど困ったことがある。このお客様は焼き芋が好きなのだ。
温かくなってきたので今は焼き芋を取りやめている。

「あれ?なくなったんだ。……どうしよう」

このお客様はご友人と焼き芋を食べるのが好きだとおっしゃっていた。
困り顔のお客様に俺も申し訳なくなる。
けれど温かくなると焼き芋は売れなくなる。経営事情で売れない商品は取り扱うわけにはいかないのだ。

「えーっと…カツサンド…それとも二色パン…」
「二色パンはやめておけ」

どこからともなく新たな声がした。
新しいお客様かと思って周囲を見回したがやはり長髪のお客様しかいらっしゃらない。
気のせいかな?

「じゃあやっぱりカツサンドにします」
「毎度あり」

このお客様はバスケットをお持ちじゃないのでザーネの葉にパンをくるんでお渡しした。
ザーネの葉は白くて厚めの葉で乾燥すると厚紙みたいな感触になる。やや耐水性なのでちょっとした食事の皿や包装紙代わりに使用されることが多い。袋状にしたり、箱形にしたり、形状を加工した物も多く出回っている。
その辺に捨てても、いわゆる葉っぱだからそのまま土に還る。まあ一般的には燃やされることが多いけれど。

「ありがとうございます」
「なかなか美味そうだな。食べるのは初めてだ」

また新たな声が聞こえた。
周囲を見回したけれど、視界に入る範囲には立ち去ろうとしている長髪のお客様しかいらっしゃらない。
うーん、疲れているのかな、俺。
働き過ぎかな?今日は早めに休もう。

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