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◆にわとり印のパン屋の話(その6)


祭の時期にやってくるお客様と再会した。
このお客様は旅芸人さんで明るく陽気なお客様だ。
ツンツンとした赤い髪に色鮮やかな布を巻き、腰や腕にも音の鳴る装飾品を多く身につけていらっしゃる。そして、躍動感溢れる剣舞をされるのだ。

「今日は差し入れするんで多めに」

いつも多めに買っていってくださるお客様だが今日は更に多めらしい。

「第二軍の方に恋人がいるんだ」

こっちじゃねえんだ、と第一軍本営を指しつつお客様は笑い、本当に多くのパンを買っていってくださった。
おかげでワゴンは空だ。早めに店じまいをした。

数日後、第二軍から注文が来た。
やってこられたのは藍色の髪の騎士様で男らしく格好いい人だった。

「レンさんの恋人さんですか?レンさんにはお世話になっております」

そう告げるとびっくりされ、恋人と言っていたのか?と問われた。
そうなんですが、違ったのかな。俺、まずいことを言ったかな?

「いや……そうか。いいんだ」

とても嬉しそうに笑ってくださったのでどうやら大丈夫なようだ。あぁびっくりした。
そして藍色の髪のお客様(グリークさんと言われるらしい)は大量のパンを注文してくださった。

「うちの上司が気に入ったらしくてな。片手で食えて便利だと…」

どこまで面倒くさがりなんだか…とぼやくグリークさんは第二軍に配達を頼めるかと問うてこられた。第二軍は西区にある。ハッキリ言って遠い。馬でもないときつい距離だ。
申し訳なく思いつつ断ると、お客様は思案顔になられた。

「あいにくここのパンじゃないと駄目でな。第二軍近くにある店のものじゃ美味くなかったらしい。取りに来るので作ってくれ。どうせ第一軍との間を伝令が日に何度か行き来するのでな。ついでだ」

ありがたいお言葉だ。ここまで言われて断る理由はない。
そうして第二軍にもお客様ができた。

そうして月に何度か第二軍へパンを納品するようになったある日、馬に乗せやすい専用バスケットにパンを入れようとするとバスケットに紙が入っていた。
紙には『本を読むときに食べやすいパンを開発するように』と神経質そうな丁寧な字で書かれていた。どうやら読書中に食べてくださっているお客様がいらっしゃるらしい。

お客様の要望には出来るだけお答えしたいと思いますが、当店のパンは読書用には作られておりません。衛生的にもどうかと思われますので、食事中ぐらいは本から離れてほしいと切実に思います。

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