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◆にわとり印のパン屋の話(その5)


常連さんに元気な騎士の卵さんがいらっしゃる。
大変小柄で可愛い方なんだけれど、巨漢になるのが夢でいろいろなものをたくさん食べてらっしゃるらしい。
確かに軍人さんは大柄な方が多いよな。
よくうちの店に来てくださるからありがたいんだけれど、どうもそのお客様はお小遣いを工面しつつ、来てくださっているらしい。
うちのパンは平均より高いから、ありがたい反面、心配になる。

そんなある日、そのお客様に背が伸びたという報告を受けた。

「160の壁を突破したぜ!…あんた、何センチなんだ?」
「よかったですね。俺ですか?182cmです」
「………」

お客様は182、182と幾度も繰り返しながら帰っていかれた。
悪いことを言っただろうか。落ち込んでおられたようだけれど大丈夫かな?
成長期だから今からグンと伸びると思うし、落ち込む必要はないと思うんだけれど。

後日、ザジさんにお客様の話をされた。

「182を目指してるドチビがいるだろ?」

失礼ですよ、ザジさん。それに160cmを突破されたのですからドチビじゃないと思うんですが。

「ドチビという言葉で理解してるテメエも同類だ。あいつに背が伸びるパンを開発してくれっていう依頼を受けたから一応伝えておくぞ。アホっぽい依頼だがお客様の要望であることに変わりはねーからな」

背が伸びるパンですか。考えたこともありませんでした。
牛乳を飲んだ方が早いと思うんですが。

「あいつは牛乳が苦手らしいぞ。腹をこわしてしまうんだと。俺はあいつの両親を知ってるが、アイツに輪をかけたようなチビ夫婦でな。あいつはあれでも伸びた方だ。たぶん182は無理だな」

ザジさん、それはあのお客様に言わないようにしてくださいね。

「あぁ?心配するな。こういうことは商売に繋がるからな。せいぜい背が伸びる商品でも売りつけることにするよ」

小柄なお客様は悪徳商人ザジさんのターゲットにされたようだ。
うーん、今度お会いしたときに忠告しておくべきか迷うなぁ。

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