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◆にわとり印のパン屋の話(その2)


開店から半年が経った。
結局、俺は近衛第一軍本営近くでワゴン型店舗を営業している。
北地区をあちらこちら回った結果、午前中から昼にかけては本営近くが一番売れると判った。それ以来、軍人さんが主なお客様だ。
顔さえ覚えてもらえればトラブルもなく、平均より高めのパンでも高給取りの軍人さんには味の良さで売れたのだ。
ワゴンは木製で手押しタイプだ。車輪が四つついていて、押すとぶら下げている鈴がチリリンと鳴る。赤く塗った屋根とパンを持ったニワトリの看板が目印だ。
店舗名はウェールのお店にわとり印のパン屋支店という。ザジさんがつけてくれた。711店目って聞いたんだけど本当かな?そんなにウェールのお店があるなんてびっくりだ。まぁ俺としては何店目でもかまわない。自分の店を大切に守るだけだ。

ちなみに良く売れるのは具を挟んだ総菜パン。
一般家庭によく売れるハードタイプのパンは逆に売れない。需要が違うのだ。

『忙しいときに片手で食べれて便利』

などの理由で売れていると知ったときは騎士様も大変なんだなとしみじみ思った。まさかそんな理由で総菜パンが売れるなんて思いもしなかったからだ。

ほぼ毎日買っていってくれる常連さんもついたので、日替わりパンも用意してみた。
なかなかの人気でほぼ完売している。
初対面時に飛びついてきた蒼い髪の軍人さんも常連さんになってくださった。ラグディスさんというこのお客様はいつも朝、立ち寄ってくださる20代の若い軍人さんだ。
ときどき赤毛のご友人カイザードさんも来てくださる。ラグディスさんはカイザードさん用なのか、いつも買っていってくださるパンは二個ずつだ。

「日替わりパンを二つとサラダサンドを二つ」
「はい、毎度!今日は寒いですね」
「そうだな、なかなか冷える」

俺は注文の商品をバスケットに入れて渡した。
常連さんにはバスケットに入れて渡している。次に来たときにバスケットを持ってきてもらうというわけだ。
今日は聖アリアドナの日なので俺も花を用意してみた。常連さんには一輪ずつ差し上げている。
バスケットに入れて差し出すとラグディスさんはとても嬉しそうな表情になった。笑うと冷たそうな印象が一気に柔らかくなる。うわ、すごく可愛い。

「ありがとう…」

花は喜んでもらえたようだ。準備したかいがあったな。
そうしてラグディスさんを見送り、俺は次のお客さまを迎えた。

「おはよう。パンをいいかい?」
「はい、いらっしゃいませ!」

俺は亜麻色の髪の綺麗なお客様からシンプルで上品なバスケットを受け取った。

<END>