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◆紅き竜と嘆きの器(5)


少し風に吹かれてくると言って、紅竜リューインが窓から出ていくのを見送り、シェルはルーを振り返った。
椅子の背に留まっているルーは酷く不機嫌だ。

「助けていただいたのだからお前が退くべきだったぞ、ルー」
「あんなことを言われて仲良くしていられるか!」
「全く……。それにしてもお前がドゥルーガ殿に作られたとは思わなかった。彼は生きし武具を作れるのか……」
「言っておくが今の時代に同じ性能の武具を作れるとは限らないぞ。我らの時代にはそれを可能とする道具や素材があった。今はほとんど残されていない」
「その道具や素材は再度用意できないのか?」
「まず無理だろう。そして我々はドゥルーガ一人に作られたわけではない。制作者は三名。アリウス、クラーク、そしてドゥルーガだ」
「アリウスとクラーク……その人たちは人間か?」
「その時代の人間だ。今の人間ではない。彼らは友である覇王のために強き武具を望んでいた。そのために生み出されたのが我々だ」
「覇王……」
「覇王印を持つ者だ。時代の境目に強き王が現れる。新たな時代の担い手となる王が現れるのだ。王にはその心を支える清き半身がつき、王は愛する者の屍を胸に抱き、戦場を駆け抜ける。その背を守りし存在が8人。そうして新たな国が生まれる」
「よくわからない。……ルー、それは伝説なのだろう?」
「伝説と化した史実だ。遠い遠い過去のな」

遠き過去。
ルー自身が伝説といわれる七竜だ。
遠き過去でもルーには記憶に残る事実なのだろう。

「ルー。ドゥルーガ殿は今ならばどういった武具を作れるのだ?」
「うん?どういう意味だ?」
「お前たちほどの武具を作れるという彼は、今の道具と素材ならばどういった武具を作れるのだ?」
「せいぜい『炎の鍛冶師』と作ったような武具ぐらいだろうよ」

『炎の鍛冶師』とはパスペルト国の鍛冶師ギルドが公認している優れた鍛冶師の称号だ。
何百年か前に紫竜ドゥルーガとその使い手が作った武具がすでに伝説と化しているほど話題となった。そしてそれ以降もその武具を越える武具は現れていないという。
雷や炎を纏って攻撃をする武具。
強靱な刀身を持ち、ほとんど刃こぼれすることもなく、何百年という時を経ても曇り一つ無いという武具だ。
現存する武具の中では七竜など国宝クラスを除けば、最高位に位置する。
使用条件も厳しくないため、欲しがる者は後を絶たない。
そのため、金額も相当な値につり上がっている。
そして、それらの武具はすべて一対で作られている。

風、炎、雷、土、水。

一対で五種、十本の武具だ。
武具のどこかに鍛冶師ヴィーゼの文様である花の印章が刻まれ、刀身が紫竜の力を借りねば加工できないという特殊な素材で作られている。
あまりにも性能がいい上、特殊なため、全く偽物がでてこないと言われている武具だ。
鍛冶師ヴィーゼと紫竜ドゥルーガは他にも武具を打ったが、とにかくその十本が天文学的な値段になっている。
しかし、現在、雷の一対は行方不明。噂では西の大陸のどこかにあると言われている。
水の片方は現在の海軍将軍が使っている。他でもないウェール家が入手して売ったのだ。
残る武具は使い手がいたりいなかったり、バラバラだが、大体の所在は知れている。あまりに有名な武具のため、使い手の情報が噂となって入ってくるのだ。

「ドゥルーガ殿は当家と契約されないだろうか。材料も環境もすべて整えて差し上げる自信があるんだが」

性能の良い武具は高値で売れる。
よき鍛冶師に良き武具を作れる環境を与え、作ってもらった武具を売る。
ウェール家は材料の確保や売買に関する取引などを担当し、相応の賃金を鍛冶師に支払う。
実際、そうやって契約している鍛冶師が各地に多くいるのだ。シェルはそれらのノウハウも身につけている。

「しないだろうな。それをするぐらいなら何百年か前にやってるだろう。あいつはパスペルトには当分戻らないだろう」
「国がお嫌いなのか?」
「人一倍、使い手を大切にするあいつが唯一使い手を若くして失った国だ。殺されたんだ」
「あぁ……国を滅ぼしたというあの伝説か」

パスペルト国の北には以前ヘルムという国があった。
その国によって使い手を殺された紫竜ドゥルーガの怒りに同調した同族によってその国は滅ぼされた。
ドゥルーガは悲しみが深くて積極的に動かなかったという。
しかし、藍竜ラグーン、紅竜リューイン、黄竜ルー、緑竜ロスが紫竜に協力して動き、ヘルム国は滅んだという。
ヘルム国は一ヶ月も持たなかったというから、七竜の力が如何にずば抜けているかがよく判る。
そしてその一件により、『七竜とその使い手には手出しをしてはならない』という暗黙の了解ができたのだ。
最大の大陸である西の大陸にはまだ浸透していないようだが、中央大陸であるパスペルト国はいうまでもなく、北と東の大陸には浸透している。

「あいつは鍛冶を好んでいる。だが一人ではあまり打たない」
「そうなのか?一人では打てないというわけではないのだろう?」
「もちろん一人でも打てる。だがあまり打とうとはしない。あいつは好みがうるさくてなかなか使い手を選ばないが、一度選んだら滅多に側を離れようとしない。あいつは鍛冶を好んでいるがそれ以上に使い手と暮らすのが好きだ。鍛冶を好んでいるが使い手がイヤだといえばやらないだろう。鍛冶はいつでも出来るが、使い手と生きることはその時しかやれないからな。人間の命は短い。その短い時間、使い手の側で付きっきりで過ごす。あいつはそういうヤツだ」
「そうなのか……つまり使い手がいる今、彼が当家に来てくださる可能性はないというわけなんだな?」

現在の使い手にシェルは会った。相手はまだ若く、ウェリスタ国の騎士の卵だった。
パスペルト国は遠い。
騎士というエリート職に就こうとしている使い手に引き抜きをかけても応じてもらえないだろう。メリットが低いからだ。

「お前とはずいぶん性格が違う方だな。お前は使い手すら選ぼうとしないのに」
「それは違うぞ。代々の当主を使い手にしているんだ。今はジンだ。お前に代替わりしたらお前になる」
「父上の側を離れてここまでついてきているくせに、何が使い手なんだ」

呆れつつもそんな自由気ままな気性のルーが嫌いではないシェルだ。
紫竜のように四六時中べったりくっつかれているというのもあまり気分がよくない。まるで監視されているようではないか。それぐらいならルーのように好き勝手に動かれていた方がまだ気楽でいい。ルーは愛犬のように散歩や餌が必要というわけでもないので、たまに要望に応じるだけでいい。
そういう意味ではルーよりも兄の方がよほど手がかかる。
そこでシェルは兄のことを思い出した。兄は大丈夫だろうか。

「バディはどうしているんだ?」
「まだ部屋で泣いているようだぞ。声が聞こえる。リースティーア族の医師が一緒にいるようだ」

ルーは人間よりも聴覚がいい。そのため壁を隔てていても声が聞き取れるようだ。
シェルは部屋を出て、兄の部屋をノックした。
返答をしてくれたのは別の声だった。
シェルが部屋に入ると、バディを慰めていたリーレインが顔を上げた。

「バディ、大丈夫か?……リーレイン殿、ありがとうございます」
「あぁ……。シェル殿、被害者を救出していただけると聞いた。念のため、産婆を捜して頂けるか?俺は知識はあるが、出産に立ち会った経験が少なくてな…」
「判りました」
「お、俺も……何か…手伝うっ」

兄は何もしてくれないのが一番なんだが…と思うシェルの前で、リーレインがバディの肩を軽く叩いた。

「哀れな同族のために祈っていろ」
「けど俺も、何かっ…何か…したいんだ」
「ウェール本家の直系。お前自身、狙われる立場であることを忘れるな。足手まといにならないのも一つの方法だ。自らの立場とやるべきことを間違えるな」

グッと言葉に詰まるバディを見つつ、シェルは内心驚いていた。
今まで兄にそう教えた者はいなかった。他でもないシェル自身、兄にそう言ったことはない。やんわりと言葉を濁したり、誤魔化したりして、気を逸らさせるのが常だったのだ。
しかし、リーレインは誤魔化すことなくハッキリと指摘した。

(なるほど……さすがにあの従兄弟が惚れるだけある……ただの医者じゃないってことか)

兄と同じリースティーアで、兄と同じように酷い光景を見ながらも冷静な人物。
相当に強い精神の持ち主のようだ。

放浪癖が激しい従兄弟ジークは、同時に遊び人でも有名であった。
旅の先々で恋人を作っては別れるということを繰り返し、好みは長い金髪を持つナイスバディの美女と豪語していたほどだ。
こんな男は一生結婚できないだろうと思っていたシェルである。
しかし、さすがは従兄弟だ。上質の人物を見つけたものである。
同じ感想をバディも抱いたらしい。涙を拭うとリーレインを見て、笑みを見せた。

「あんた……いいヤツだな。あんたの言うとおりだ。女好きのジークさんがあんたを選んだの判る気がする」
「…女好き?」
「本家に帰ってくるたびに違う恋人連れててさー。それが毎回長い金髪の女だったんだよ。俺の好みは長い金髪の美女だっていっつも言ってたよ」
「ほう……金髪の美女か……」

リーレインは金髪だが見た目は女性的な部分は欠片もなく、完全な男性だ。

「さて、それじゃ産婆を捜してくる」

兄の暴露話で部屋の空気が冷ややかになったことを悟り、シェルは素知らぬ顔で部屋を出た。
席を外しているジークが戻ってきたら確実に修羅場になるだろう。普段はジークに対し、冷ややかな態度を取っているが、ジークの旅に付き合っている男だ。少なからず好意を抱いているのは確実だろう。
そんなところへ過去の恋愛遍歴を語られたら、機嫌を損ねるのは確実である。しかもジークの恋愛遍歴は、女をとっかえひっかえだったというサイアクに近いものだ。

「おーい、シェル。帰ったぞ。リーレインは部屋に戻ってるかー?」

宿の入り口で遭遇したのはジークであった。何とも悪しきタイミングで戻ってきたものである。

「ジークさん、産婆さんを探さねばならないことになりました。リーレインさんはお戻りですが、兄と休んでいただいているので、産婆さん探しを手伝っていただけますか?」
「お?そうか。まぁ別にいいけどよ」

産婆を捜して戻ってくるまでに、少しは怒りが収まっていればいいなと願うシェルであった。