文字サイズ

◆紅き竜と嘆きの器(4)


ところが、思いがけない事件がその日に起きた。
シェルたちが立ち寄った町は、国境沿いのそこそこ大きな商業の街だ。
その街には、見せ物小屋と呼ばれるものが来ていた。
兄がそれを見に行きたいと言ったとき、シェルは芸をする人々の一行だろうと思い、許可を出した。
黄竜も一緒に行ったと後から知ったがシェルはさほど気を止めなかった。その街にはウェールの店がある。そちらの視察の方に頭がいっていたのだ。
行かせるべきではなかったと知ったのは、その日の夕刻のことであった。

護衛たちはぴりぴりと気を昂ぶらせ、宿の守りを固めている。
兄はずっと泣き続けており、リーレインが慰めるようにその肩を抱いている。
黄色い小竜の隣には赤い小竜がいる。七竜が一匹増えていた。

何があったのか問おうにも、兄は到底、冷静に話せる状態ではなさそうだ。そう悟ったシェルは、兄に同行させていた護衛のジダンとロブから話を聞くことにした。
ジダンとロブは護衛のスペシャリストとして育てられた者たちで、シェルの幼なじみでもあり、信頼できる相手だ。
シェルの判断は正しく、ジダンとロブは冷静におきたことを話し始めた。

「身体異常者や稀少種族を中心とした見せ物小屋だと……?」

行かせるんじゃなかった。ちゃんと調べてから行かせるのだったとシェルは舌打ちした。
見せ物小屋などを興行している者たちは各国を旅しつつ、芸などを見せるパターンが多い。彼らは、いわゆる流れの民と呼ばれることが多い者たちだ。
舞や歌を披露する者が多いので、今回もそのタイプだろうとシェルは思っていたのだ。

「それで?バディはそいつらへの扱いが悪かったとかそういう理由で泣いているのか?」

珍しい身を見せ物にしている者もいる。それが自らの意志で誇り高く行っているのであれば問題はない。
しかし、バディが泣いているのだ。無理矢理であり、扱いが悪かったのは確実だろう。

「扱いが悪かったのは確かですが……」
「泣くのは当然かと思うぜ。俺も吐き気がしそうだった。猛獣を扱うような檻に入れられた奴らの中にバディ様と同じリースティーアがいたんだ。両性体ってことで珍しがられて、裸体で下半身も丸出しの状態で見せ物にされていた」
「……」
「しかもそいつは孕んでいた。バディ様が怒り出して、騒ぎが起きた。おまけにサイアクなことに、バディ様もリースティーアだと連中にバレてな。捕らわれそうになった。人数的に劣勢だったからかなりやばかったんだが、そのときに紅竜リューイン殿が近くを通りかかって、助けてくださった」

七竜のうちの一匹が偶然近くを通りかかるなど普通はありえない。さすがは幸運の竜ルーが一緒だっただけある、とシェルは呆れた。
しかし、呆れている場合ではない。かなりよくない状況だ。
ここは地元ではなく旅先だ。しかもバディが狙われているのは間違いないだろう。
しかし、幸いか不幸か、七竜のうちの一匹が一緒だ。

「リューイン殿、まずは礼を。兄を助けてくださり、ありがとうございました」

こちらの話に口を挟まず、ずっと無言だった赤い小竜は、シェルの礼に軽く頷いた。

「礼をしたいのですが、あいにく旅先ゆえ、十分な礼を用意できるかどうか。宝石などはお好みでしょうか?」
「ああ」

紅竜の反応は悪くなかった。どうやら七竜への礼は金銭で片をつけられそうだとシェルは安堵した。

「リューイン殿も旅の最中なのですか?」
「あぁ。前の使い手と死に別れたところでな。新たな使い手を探していたら、こいつの声が耳に入ってきたんだ」
「そうですか。おかげで助かりました。ありがとうございます」
「気にするな。面倒なことだが出来損ないの同族だ。助けねえわけにもいかなくてな。ついでだ」
「出来損ないとは何だ、出来損ないとは!」
「事実だろうが」
「私は制作者のドゥルーガにさえそんなことは言われたことはないわ!!」

助けられたくせに態度のでかいルーにシェルは小さくため息を吐いた。
今回はどう考えてもルーが退くべきだろうに、ルーは遠慮無く紅竜に怒鳴っている。
しかし、怒るなと宥めたところで効果がないことは幼い頃からの付き合いで知っている。シェルはいつものように話を逸らす手に出た。

「ルー、お前、ドゥルーガ殿に作られたのか?」

話を逸らすついでに引っかかったことを問うてみるとルーはあっさりと頷いた。

「そうだ。お前たち人間が七竜と呼ぶ我らはドゥルーガによって作られた武具だ」
「全員?」
「ドゥルーガ以外はな」
「……過去の歴史では七竜同士が対立したこともあったようだが……」

その問いにはリューインが答えた。

「使い手が敵対すれば我々も戦う。我々は『武具』だ、人間。お前たちは戦うときに剣や弓矢に『戦ってもよいか』と問うか?」
「それでもあなた方には意思がある」
「むろん、気が進まぬ事もある。それでも使い手同士が戦うのであれば我々も戦う。我々は『武具』だからだ」

なるほどと頷きつつ、シェルはルーを見た。
シェルが知る限り、ルーは戦えぬ竜だ。武具としての形状も繊細な耳飾り。武具というより装身具だ。
シェルの視線に気付き、リューインはフンと笑った。

「そいつも間違いなく『武具』だ人間。ただし、使わない方が良い武具だ」
「武具としての性能はないようですが」
「だから出来損ないなのだ」
「私は出来損ないではないと申しているだろうがっ!私はアリウスにそう望まれて作られたのだ!」
「あぁ知っている。世界を終わらせるための存在だったな、テメエは」
「貴様、さきほどから喧嘩を売っているのかっ!!」
「止めろ、ルー。リューイン殿もあまり彼を怒らせないで下さい」
「あぁ、すまなかったな。ところで人間」
「はい」
「どんな事情であれ、赤ん坊が死ぬってのは気分が悪い。そう思わないか?」
「同感です」

シェルはすぐに問いの理由に気づいた。

「さきほど、事件に遭ったリースティーアですか」

孕んでいたとジダンが話していた。

「あのままでは母子ともに死ぬだろう。母胎の安定率が悪く、流れやすい体のリースティーアがあの状態で臨月まで持ったのが奇跡だ。あのアホどもから助け出すのはたやすいが、その後の治癒ができねえ。手を組まないか?」
「構いません。被害者の救出後の処置はお任せください。必要であれば傭兵なども雇いますが」
「では現場の救出作業の手伝いにそいつらを用意してもらおうか」
「判りました」

シェルはジダンとロブを振り返った。

「必要な人数は判るな?すぐに準備しろ」
「御意!」

ジダンとロブも助けたいと思っていたのだろう。二人は即座に部屋を飛び出して行った。