文字サイズ

◆紅き竜と嘆きの器(3)


ガルバドスの西側の国境近くの町だ。
ウェール家の支店があるだけあり、なかなか大きな町である。
支店の視察は順調に進んだ。やる気なさげであった従兄弟もいざとなると鋭い観察眼で支店の弱い部分を指摘してくれた。
店主と共に改善点などを交えて話しながら、客間の一室でお茶を貰い、休憩となった。
一通り、仕事の話しが済むと、店主は急用だと呼ばれて部屋を出て行った。
部屋に従兄弟と二人で残されると、自然と話は本家の話になる。
従兄弟に兄たちのことを問われ、シェルは苦笑した。

「ここ1、2年は特に変わりありませんよ」
「そうか。東の大陸の話は聞いているか?」
「少々荒れているとか。それ以上のことは聞き及んでおりません」
「お前が聞いていないのか」

お前が、という部分に含むものを感じ、シェルは従兄弟の顔を見た。
東の大陸、と聞いてすぐに思い浮かぶのは婚約者であるウィリアムだ。彼の母親は東の大陸にある王家の出身なのだ。

「俺はお前が継ぐと言われたとき、やっぱりな、と思った」
「……三兄たちのことをご存じだったのですか?」
「いいや。俺は当時すでに家をでていたからな。あいつらとは関係なく、お前だろうと思っていた。それだけだ」
「当時は三兄の方が名を知られていたと思いますが」

三兄ルーウェイはシェルと後継者の座を競った相手だ。
しかし、彼は不祥事を起こし、後継者の座はシェルに譲られた。それが数年前の話だ。

『あいつが俺以外のヤツを見るのであれば、見れないようにしてやろうと思った』

冷静沈着な三兄が自嘲的に呟いた台詞をシェルは今もハッキリ思い出すことができる。

三兄ルーウェイは四兄ハーウェイを殺そうとし、刃を向けた。
たまたま黄竜ルーが居合わせていたおかげで殺人未遂で済んだ。
四兄は東の大陸に送られ、三兄は父の監視の下、本家に留め置かれた。

『バカですか、アンタは』

事件後、シェルはそう素直に感想を述べた。
三兄は静かに笑い、すまなかったな、と一言だけ口にした。
彼はシェルが後継者の座を欲していないことを知っていたのだ。

『お前もいつか判る日がくる。理性でどうにかできるものではないのが人の愛だ』
『気狂いではありませんか』
『ハハッ、違いない』

判らないままでいた方がいい、と三兄はぽつりと呟いた。
そのときの横顔はひどく寂しげだった。

三兄と四兄はその日以来、一度も顔を合わせていないはずだ。父が大陸ごと引き離したからだ。
被害者でありながら東の大陸へ送られた四兄は、うまく馴染んでやっているそうだ。ときどき、手紙が届くが、新天地で楽しくやっているのが伺える内容だった。

『お前達のようにやってたつもりだったんだけどね』

四兄ハーウェイは別れ際、そう呟いていた。その表情は酷く困惑していた。彼は三兄の想いを理解していなかったのだ。突然殺されかけたように感じていたようだ。
三兄と四兄は生まれた時期が近かったため、一緒に育てられた。つまりはシェル&バディと同じような関係だったのだ。

『どうか、ルーウェイを責めないでおくれ』

殺されかけながらも、彼はそう言い残して東の大陸へ去っていった。
お互いを思い合いながらも、持つ愛が違えばこれほど違ってくるのかと思ったのを覚えている。
捻れた関係は簡単には戻らないだろう。聡明な父が未だ三兄と四兄を会わせぬように、簡単にはいかないのが人間関係だ。
いずれは家を継がねばならない。
そのとき、シェルは三兄と四兄の上に立たねばならない。兄弟の関係はシェルにものし掛かってくる。

「あいつらのことは親と当人たちに任せておけ」

考えを見抜いたかのようにジークは言った。

「子のことは親に任せろ。それぐらい親を頼ってもいいだろうよ。それにご当主はまだまだ働き盛り。当分、引退なんてなさらないだろうよ」
「そうであることを祈ります」
「あいつらも同じだ。自分の尻ぬぐいぐらい自分たちでさせろ。兄貴なんだから放っておけ」
「そういうわけにはいきませんが、そうしたい気持ちです。ですが、そうですね……当人たちに任せるのは不安がありますが、親には頼りたいと思います。兄たちの恋愛沙汰など関わりたくありませんから」
「ははは、同感だ!身内の恋愛なんざメンドーだよな!」

ひとしきり笑うと、ジークはため息を吐いた。

「人ごとじゃねえんだよなー……あ〜……リーレイン……」
「彼は頭が良さそうな人ですね。ああいうタイプは一筋縄じゃいきませんよ」
「判ってる。だから苦労してんだよ」

妊ませることができたらなぁ、と生々しいことを言う従兄弟にシェルは呆れた。そんな猥談など聞きたくない。

「まだ半分しかヤってないんだよ」

相手は両性体であるリースティーアだ。相手の女性的な部分を使っては抱けていないのだという。許してもらえないのだそうだ。

「子供ができたら逃がさないのに……」
「念のため言っておきますが、強姦は犯罪ですよ。もしそんなことをしたら、ウェール一族から叩き出しますので一族を敵にする覚悟で挑んでください」
「しねえって!!惚れた相手を強姦できるかっ!!」

『理性でどうにかできるものではないのが人の愛だ』

三兄の言葉を思い出す。不吉極まりない言葉を。
ジークが兄たちと同じ道を辿らないよう祈ってしまうシェルであった。