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◆ジオレラの花(2)


共に小さな花を見に行くとバディは嬉しそうだった。
王太子と知っても態度を変えなかった相手は初めてだ。
そう告げるとバディは、ばかだなーと正直すぎるほど正直な返答をした。

「いや、あんたじゃなくて周りがバカだってな。それって損だよな。メリットねーし」
「いや……彼等は態度が不遜だと叱責を受けるのと恐れているのではないか?」

そう答えるとバディは首をかしげた。

「そうか?俺にはよくわかんね。俺そういうの詳しくねえんだよな。
けどよ、人と人との付き合いは対等であることが基本じゃねえか?」

人は同じレベルの店にしか行かないものだ。
だから貧乏な町では小さな店、大きな町では大きな店を出すと売れる、とバディ。
商人一族の子らしく、考え方も商人の考え方をするらしい。

「そいつら、態度変えて、なんか得したのか?」
「いや…そんなことはないだろう」
「だろ?それに本音言わねえ奴等とは長続きできねーよな。疲れるしよ」

何気なく、しかしズバリと鋭い部分を突いてくるバディに思わず苦笑する。
その疲れる奴等とやらしか私の周囲にはいないのだ。誰も彼もが『疲れる奴等』なのだ。
これほど本音で語れる相手は初めてだ。そう思いながら、今までいかに疲れていたのかを知る。慣れてはいても好きにはなれない人付き合いばかりをしつづけていたのだ。

「まぁそういう奴等とはさ、心の中で舌を出しときゃいいんだ」
「心の中で舌?」
「あぁ。お世辞ってのは商売の基本だからな。キラキラ着飾ったおばさんにキラキラの服を買ってもらうために『お似合いですよ』って言うじゃねえか。似合ってなくてもよ。
同じようにこっちも言われるときは言われるだろ。格好いいですよとかすごいですよって。
けどそういうのって判るときは判るからな。だから、『嘘ばっかし。バレバレだっつーの!』って思いながら、『そーだろ、そーだろ』って笑っておきゃいいんだ。どうせ、嘘ついてるのはお互い様だからな」

思わず呆気にとられる。そういう考え方もあるのか。割り切り方というべきか。

「君もやっているのか?」

この真っ直ぐな心の相手がしているのか。何だか信じられずに問うと相手はあっさりと頷いた。

「する、する。けど俺、ヘタみたいですぐバレる。特に兄弟には全く通用しねえっ。シェルのヤツには、何も言わなくても隠し事してるとすぐバレる」

なるほど、やってはいるが、できていないということか。何だか彼らしくておかしくなる。
同時に安堵した。彼にはそういうものに染まってほしくないと思うのだ。
シェルという名には聞き覚えがある。弟ウィリアムが愛する相手だ。
なるほど彼ならばすぐに見抜いてしまうだろう。彼には海千山千の老齢な者達が相手でもまともに張り合えそうな雰囲気があった。

「そういや王宮じゃ芋も食えねえってホントか?シェルがさ、ウィリアム様は焼き芋をご存じなかったって言ってたぜ」
「焼き芋?」
「うわ、マジかよ!美味いのに、あんた人生損してるな!」
「ほぉ…美味いものなのか、食べてみたいな」
「ホントか?よし、俺が作ってやるよ。産地直送のいい芋が本家に来てるんだ。あんた、ついてるぜ!家に来いよ」

まさか王宮の外に誘われるとは思ってもいなかったので驚いた。
彼と共にいると驚きっぱなしだ。

「へへー、楽しい!俺、一度憧れの『お忍びの王子様』ってのやってみたかったんだ。やっぱ夢だよな、夢。それを手伝うってのもなかなかスリルがあっていいな。よし、あんた、変装してこいよ、変装。そうだな、騎士とか護衛ちっくによ!」

何やら勝手に想像しているらしいバディは嬉しそうだ。
どうにも断りにくいと思いつつも、それもいいかもしれないと思う自分がいることに気付く。どうもバディのペースに巻き込まれているようだ。

「いや、そんな服は……」

迷いながらも脳裏に過ぎったのはウィリアムの服だった。
戦場に出る弟は時々驚くような格好をしている。常に剣を持ち歩き、軍部に出入りする弟は汚れてもいいようにとわざと一般騎士のような服装をしていることも多い。
弟とは体格差があまりないから入るだろう。

「では待っててくれ」
「おう、いいぜ!」

本気でやってみる気になった。