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◆ジオレラの花(3)


自分なりに姿を変えるとバディは楽しげだった。
そのバディの肩には黄色い小竜がいた。何でも王宮に一緒に来ていたそうだ。小竜の方は美術品を見に来ていて、さきほど合流したという。

「お忍びか。ふむ、確かに吟遊詩人の歌などの定番だな」
「だろー!よし、家に行こうぜ!」

その後は順調だった。
思わず城の警備を疑いたくなるぐらい、呆れるほど順調に城を出ることが出来た。
初めて入ったウェールの本家は大きかった。城ほどではないが、端から端まで見えない広さは優にある。その広い本家の敷地内に落ちる落ち葉を利用して焼き芋は作るという。
バディが作ってくれた焼き芋は初めて食べる種類の味だった。
暖かな食べ物も食材をそのまま焼くという調理法も初めて目にした。

「これが庶民の味なんだな」
「そうそう。美味いだろ?」
「あぁうまいな」

庶民の味を誇らしげに教えてくれたバディは王宮で出る食事よりよほど質が高いと言いたげだ。そんな本来逆であろう態度も気持ちが良くて自然と笑みがこぼれる。

「バディ、零れているぞ」
「あー、いい、いい。庭だし。多少零れても平気」
「芋の皮を剥くのがへたなのか?」
「俺、あまり器用じゃねえんだよな。あんた初めて食ったくせに上手いなー」
「そうか?簡単だったぞ、ほら」
「ありがとう!」

バディの芋を手にとって半分ほど皮を剥いて渡すとバディは嬉しそうに受け取った。
そんな様子を見つつ、初めて誰かの世話をしたな、と思った。
いつだってしてもらう側だった。そうであるのが当たり前で、手を出さないのが王族としてのマナーでもあった。

(礼を言われ、喜ばれるというのは嬉しいものだな…)

今、直に世話をしてやれるのは弟妹ぐらいだ。そんな彼等も成長し、殆どしてやれることはない。それだけに世話をして礼を言われるのが新鮮だった。
世話をされすぎるのも鬱陶しいものだが、バディは世話をされることに慣れているようだ。乱れた髪を指先で直してやっても、焦げそうな芋を棒で掻き出しても、簡単な礼を言うだけで鬱陶しがらない。
おそらく彼は大切に育てられたのだろう。世話をされて当たり前の生活をし、それでも曲がることなく真っ直ぐに育つことができたのだろう。

そんなことを思いながら、初めて経験するのんびりした時間を過ごしていると、見覚えある相手がやってきた。

「バディ、……殿下」

シェルは少し疲れた表情をしていた。恐らく王宮からの連絡などがあったのだろう。

「遅くなりましたので本日は当家へお泊まり下さいませ。部屋の準備はできております。
王宮へは使いを出しましたので、明日、迎えが来るでしょう」
「ありがとう」
「……バディが失礼なことをしませんでしたでしょうか?」
「いいや。いい弟君をお持ちだ」
「俺は兄だ!」
「バディは兄です。少ししか違いませんが」

少し驚く。逆だと思っていた。しかし考えてみればウェール家の末弟だったな、後継は。

「まぁいいけどよ、いつも間違えられるし!」
「拗ねるな、バディ。悪かった」
「いいけどよー」

バディは拗ねてそっぽを向いている。
素直な感情の吐露が本当に可愛い。
そう思ってみていると、シェルは小さくため息を吐いた。

「礼儀を知らぬ兄ですみません。ローシャス様が寛大な方であられることに深く感謝しております。あと、何らかのご希望などあられましたらお知らせ下さい。ご用意いたします」
「いや…特に。そうだな、彼ともう少し話をしていたいのだがいいか?」

二人きりにしてほしいという意図が伝わったのだろう。
シェルは苦笑気味に『兄の無礼をお許し下さるのであれば』と言い、夕刻からは冷えるので早めにお戻りをと告げて、去っていった。


++++++


「さすがは幸運の竜だ。………だが悪運の竜と名を変えてやりたい」

シェルはため息混じりにぼやいた。
父ジンも苦笑顔だ。

ハッキリ言って、何の問題もなく王族が王宮をでれるなどあり得ない。
しかもローシャスは服を変えていただけだった。変装にも何もなっていないのだ。なのに王宮脱出を真っ正面から成功させるところが『黄金竜』ならではなのだろう。
七竜の一つに目を奪われたのか、たまたま無能な兵が多かったのか、理由はともかく、ローシャスとバディはあっさりと王宮を真っ正面のルートから出てきたらしい。
慌てたのは王宮だ。
世継ぎの王子がいないと大騒ぎになり、必死の捜索を開始した頃、シェルは従業員に『バディ様がお客様をお連れになったのだが、あの方は第一王子様ではないだろうか?』と耳打ちされたのだ。
まさかと確認しようとしたところ、居合わせたルーがそうだぞと即答した。しかも『ちゃんと正門から出てきたんだ。隠れて出てきたわけじゃないから、悪いことはしていない』という。
慌てて当主であるジンに連絡し、王宮へ早馬を走らせたというのが事の次第だ。

「バディは随分気に入られたようだ」

顎をさすりつつ呟く父にシェルは頷いた。
わざわざウェール家までついてきたのだ。よほど気に入ったのだろう。おまけにまだ話したいからとまで言われた。特別な情報を持っているワケでもなく、知識があるわけでもない兄だ。そんな兄の話がさほど面白いとは思えないが、ローシャスの気に入る何かを兄が持っていたのだろう。

「まぁ人の好みはそれぞれだからな。だがこのままずっと気に入られるとなると話が違う。一応、注意して見ておくか」

ジンの意見にはシェルも賛成だった。
他の王族ならまだしも世継ぎに気に入られるとなるとワケが違う。
当人達の思惑とは関係なしに、周囲の思惑で物事は動き出す。そういうものなのだ。

「ルーがらみですからね。気をつけておいて問題はないでしょう」

黄竜がからむ『幸運』には必ずおまけがついてくる。それも大抵が『厄介事』という名のオマケなのだ。

「頼んだぞ、シェル」

父はシェルに一任するらしい。
昔からバディのことはシェルが片付けていた。そのため、シェルもため息混じりに引き受けた。

「はい、父上」

<END>

バディと王子の出会い編。ほのぼのカップルというよりそれ未満。