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◆閉じた箱庭(6)


ウィリアムがその相手に会ったのはそれから約二年後のことだった。
津波で大きな被害を負った町へ出向いたとき、ウェール家が支援をしていると聞き、向かった先にいた責任者がシェルという名の少年だった。彼はまだ十代半ばであり、ウィリアムは大商人一族と言われるウェール家の責任者が年下の若い少年であることに驚いた。
褐色の髪と瞳を持つ彼は、容貌的にも抜き出たところはなく、ごく平凡な少年に見えた。だからなおさら驚きは大きかった。

彼は無料で店の品である穀物や食べ物を振るまっていた。
被害を負った人々はそれに喜び、積極的に給仕を手伝い、助け合っていた。
親に言われてやっているのかとウィリアムが問うと、シェルはそんな暇はなかったから独断でやっていることだとあっさり答えた。

「無料で食べ物を振る舞う?しかもそれほどの量を無料で?勝手にそのようなことをしては当主に大目玉を食らうのではないか?」
「酷い言い方かもしれませんが、私は穀物を売るのではなく、恩を売るのですよ。
ウェール家に助けてもらった、災害が収まったら買いに行こうと思ってくださればそれでいい。
そして今ここで多くの人を救わねばお客様の命が失われてしまうのも事実。お客様が元気になられて、ウェールの店へ買い物に来てくださればそれで十分損害は取り戻せます」

よろしかったらどうぞ、と焼き芋を差し出され、ウィリアムは面食らった。王族である彼にそんな行動をした者はそれまでいなかった。毒味まで済んだ冷え切った食事しか食べたことはなかったのだ。
シェルは焼きたてで美味しいですよ、とすすめた。全く悪気はないらしい。

「私にこのようなものを食せと?」

思わず顔をしかめて問うとシェルは真顔で手元の芋を見、周囲を見回した。

「『このようなもの』が貴方の民にとって今、最高の食べ物なのです。周りをご覧下さい、ウィリアム様。嫌がって食べている者がいますか?」

崩れた家の廃材などを利用し、皆が供給された芋を焼いて食べている。しかめ面の者など一人もいない。誰もが感謝しながら芋を喜んで食べている。焼きたてでホクホクの芋は津波の災害で冷え切った被害者の体を温めているのだ。

「俺もこの芋が美味しいと思います。俺は貴族ですが、貴族だろうが平民だろうが、同じ人間です。美味い物は美味いと感じます。そこに身分や血筋など関係しません」

再度差し出された芋をウィリアムは受け取った。シェルの行動をまねるように芋を真っ二つに折ると黄金色の中身が見えた。食べてみると焼きたての芋はちょうどいい具合に冷えており、ホクホクとした中身は甘く美味しかった。

「美味いな…」

王家で出される食事はいつも冷え切っている。暖かな食べ物を食するのは新鮮な経験であった。

「でしょう?この芋はウェール家が契約している農家が作っている最高級の芋なんです。丹精込めて作られた芋なんですよ。当店は品質確かな品だけを取り扱っておりますので」

誇らしげに芋について説明するシェルがおかしくてウィリアムは笑った。

「殿下、そこは笑うところじゃありません。当店の経営方針についてお話しているところなんですが」
「いや……すまん、だが……ハハハ……」

憮然とするシェルに悪いとは思うが、妙におかしくてウィリアムは笑った。
何故これほどおかしいのか判らない。しかし、心から笑ったのはもしかすると何も知らなかった幼子以来のことかもしれなかった。
それがウェール家の次期後継者シェルとの出会いであった。