文字サイズ

◆閉じた箱庭(4)


妃が妊娠したらしいという噂が流れたのはその年の冬だった。
噂は噂であり、真実かどうかはさだかでなかった。妃は滅多に後宮からでてこない上、人と接する機会も少ないため、判りづらいのだ。

「事実だとしたらよくないね」

そう言ったのはノイだ。ティーガ、クルークの二人と一緒に王宮の一室にいるときのことであった。ウィリアムの気に入りである三人のために用意されている部屋だ。ウィリアムの部屋もほど近い場所にあり、王宮内でも奥にある。

「気が強くて誇り高いエア妃を王はあまり気に入っておられず、お呼びになれることも殆どないと聞く。今の王の気に入りは妾のアルテ妃だということは誰もが知っている事実。あまりにタイミングが悪い」
「誰が孕ませたんだっつーことになるよな」
「ティーガ、滅多なことを言うな!」

茶化すティーガを生真面目なクルークが一喝する。
ノイは緩やかなウェーブを描く髪を首の後ろで束ねつつ、表情を曇らせた。

「だが実際のところ、ティーガと同じことを誰もが思うことだろう」

ノイの言葉にクルークが表情を曇らせる。黒髪黒目のクルークは普段は無口であまり表情の変化がない人物だ。しかし幼なじみとも言えるこのメンバーといるときはそれなりの感情を見せる。

「そんなこと…ウィリアム殿下がお気の毒だ」
「だな。絶対ウィリアム様の出生の話が噂されるぜ」
「万が一にでも調べられて……更に万が一のことがあったら最悪だ」

性格はバラバラの三人であったが、ウィリアムを思う気持ちは同じであった。他の二人に比べると軽薄に見られがちなティーガも数年以上をウィリアムと共にすごしてきて、それなりの気持ちをウィリアムに対し、抱いている。少なくとも噂されて身を破滅されればいいなどとは夢にも思っていないのだ。

「一つ、方法があるぜ。良策とは言えねえが、ある意味完璧な策だ」

ティーガはニヤリと笑みつつ告げた。

「妃を殺すのさ。孕んでいるかどうかすら判らない今のうちに殺ってしまえばこっちのモンだ。死した人間への悪しき噂は故人への侮辱となるからタブーとなる。少なくとも真実を調べろなんて話は絶対に起きなくなるぜ」
「なっ…!」
「お前…」

絶句した幼なじみたちにティーガは肩をすくめた。

「良策とは言えねえって言っただろ。これも一つの方法と言えば一つの方法だ。だができっこねえからな。もっとマシな方法を考えようぜ」
「当たり前だ!」
「ああ。もっとマトモで確かな方法を考えたまえ」

幼なじみたちに怒られ、呆れられつつティーガは肩をすくめた。


+++++


ティーガの案は机上の案であり、実行するつもりは毛頭無かった。
しかし彼の案は策としては確かな案であり、一つの対策としては十分な方法であったのだ。
そして、彼の案と同じ案を考えた人物がもう一人いたのだ。

『母を殺す』

ティーガ達を集めてそう言い切ったウィリアムにクルークとノイは絶句した。
しかし驚愕が長引かなかったのはティーガの案を一度耳にしていたからだ。

「いいんじゃないスか」

そう答えたのはティーガであった。
ウィリアムとティーガの眼差しがぶつかる。

「あの人はあなたのためにならない。むしろ命取りになる。この辺でご退場願った方がいい」

眼差しを受けながら、ティーガは己がウィリアムの大きな信頼を勝ち取ったことを感じ取った。
これは大きな賭だ。身を滅ぼすか滅ぼさないかの命がけの賭に近い。

「人手は極力最小限で。出来ればここにいるメンバーだけで実行できれば好ましい。…殿下、母君のお相手はどうなさるおつもりで?」
「そのうちに。今は時期が悪い。あの女と死が重なれば面倒な噂をされるからな」
「判りました。では準備だけしておきましょうか」
「来週、あの女は保養地に行くそうだ。例年のことだから急に変更することはないだろう。近場でもある」
「了解しました」

ティーガが答え、クルークとノイもティーガに合わせて頭を下げた。
ウィリアムを守るため、密約が成立した瞬間であった。