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◆閉じた箱庭(3)


ティーガは金髪碧眼の痩せた少年である。
家は一応、上級貴族であり、王家にも出入りできる。しかしティーガ自身は養子として今の家に引き取られ、後継者として育てられている。
そんな事情を持つティーガは子供としてはやや捻くれていて、世界を斜めに見ているようなところがある少年であった。そんな彼がまめに王家へ連れてこられるようになったのは単に年齢が王子と近く、王家と交流を許される家柄だったからだ。ようするに遊び相手として選ばれたのである。
同じように遊び相手として選ばれた子供は十人以上いた。どの子供も失礼の無いように接するよう親に厳しく言い含められているのか、子供なりに気を使って王家の子供たちに接している。
王族に気に入られれば将来の出世にも繋がる。特に次期国王であるローシャスに気に入られるかどうかは大きな鍵になる。子供なりにそれが判っているのか、ローシャスの周囲には多くの子供が集まっている。気後れして遠巻きにしている子供たちもローシャスには気を使っているのがよく判る態度だ。
ティーガも親に言われてはいたが、そうするつもりは全くなかった。彼は面倒だった。

「寝て過ごそうぜ」

ティーガは隣の少年にそう声をかけた。
ティーガには幼なじみがいる。
領地も隣、規模も家柄も同レベルのニルーフェ領の子であるクルークだ。彼もティーガと同じように遊び相手として選ばれて連れてこられていた。
そんな彼はティーガと正反対に生真面目な少年であり、親に言い含められたらしい言葉をずっとぶつぶつ呟いていたほどだ。

「何を言っている!そんなわけにはいかないだろう!ああ、あんな大きな剣を握っておられる。あれは大人用に違いないのに!お怪我なさるかもしれないっ」
「はあ?剣?ああウィリアム様か」
「行くぞ、ティーガ。お怪我されたら大変だっ!」
「はあ?マジかよー?」

(…なるほど、こりゃあ…誰も近づかないわけだ…)

子供心にもそう思ってしまうほど、ウィリアムは排他的な雰囲気を醸し出す王子だった。
目つきも悪いが、人と関わろうとしない雰囲気が全身から滲み出ている。明らかに体格に合わない剣を握っているが、奮う動きを見ているとそれを使い慣れている様子が伺えた。
一つ間違えばこちらを切り捨てることも厭わないだろう。そんな危なっかしさがウィリアムからは滲み出ている。ローシャスに近づいた方が得だという打算以上に、近づけない雰囲気が彼にはあるのだ。

「その剣はお体にあってないかと思われますが…!」
(おい、正面からそんなこと言うか、お前!?)

真っ正面から突っ込んでいった幼なじみにティーガは青ざめた。馬鹿正直で生真面目な性格だと知っていたが命知らず以外の何物でもない行動だ。

「……なんだお前?」
「ニルーフェ領主の子、クルークと申します。こちらはシュウェール領主の子、ティーガです。お体に合わぬ武器は寿命を縮めるとも申します。大きすぎる剣をお持ちになられるよりも今のお体に合った武具をお使いになられるのがよろしいかと」
「……フン……」

面倒くさそうにウィリアムは顔を逸らした。

「うるさい…。それよりお前、戦えるのか?俺に説教をするぐらいだ。それなりの腕は持っているんだろうな?」
「ニルーフェ家は代々軍門の家柄です。私も幼き頃から学んでおります」

ウィリアムはニヤリと笑んだ。

「いいだろう。合格だ。かかってこい」


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クルークは強い。
むろん子供レベルの話だが、代々軍門の家柄というのは伊達ではない。同世代の子の中では抜き出た強さを誇る。
それがウィリアムにも判ったのだろう。己を恐れぬクルークをウィリアムは気に入り、また来いと告げた。
ティーガはというと一言もウィリアムと会話を交わすことがないままであったが、クルークは自分が王家へ行くときは必ずティーガを同行させた。ティーガとしてもクルークが誘いに来れば親がついて行けというので必然的に同行せざるを得なかった。
そうしているうちに二年が経ち、仲間が一人増えた。
ノイという女顔の少年はやはり腕の良さでウィリアムに気に入られたようだった。
そうしてウィリアムが16歳となったとき、その事件は起きた。