クロウは護衛に雇った男を連れて、裏道をどんどん進んでいった。
牢獄に表から入れるわけがない。クロウは抜け道を逆に辿って牢獄へ侵入するつもりであった。もちろんその情報は仲良くなった相手から密かに教えられたのである。
連れの男はクロウが辿る道を奇妙に思ったらしい。何処へ行く気だと問うた。
「知り合いを助けにな」
「知り合い?」
やがて裏道が行き止まりになった。クロウは足下にある網を外し、地下水路へ降りていった。
「おい、俺を何処へ連れて行く気だ!?」
驚きつつも律儀に護衛の男はついてくる。
そのとき、足下を大きな猫のようなものが走り抜けていった。
「うわ!!なんだ、今のは!?」
「ネズミだ、ネズミ」
「ネズミ!?猫サイズだったぞ!!」
「そりゃ島だしなぁ。地域によってネズミのサイズも異なるって」
「まじかよ。…猫でも苦戦しそうだな」
「そんなことねえぞ。ネズミがデカけりゃ猫もデカイさ」
「そうか…って、そんなことより俺を何処へ連れて行く気だ!?」
疑問に思いつつも律儀についてくる護衛にクロウはそろそろ答えてもいいかと思いながら、地下水路を抜け、ハシゴを登っていった。間違いじゃなければこの先が牢の筈だ。
「人助けって言っただろ?海軍の名将殿の脱獄をやるのさ」
「!!!!」
+++
護衛はクロウの予想以上に腕の良い人物だった。
門番たちに気づかれる前に素早く動いて、気絶させてくれた。
「あんた、腕がいいな。俺はいい買い物をしたようだ」
「こっちも必死だ!万が一にも顔を見られるわけにはいかないからな」
クロウにはよく判らないが、護衛は護衛なりに事情があるらしい。
しかし問題の牢で手こずることになった。
「私に科せられた罪が晴れるまでは、ここを出るわけにはいかん!!」
アルドは予想以上に頑固な人物だった。正義感の固まりらしい。
無実だが、処刑されても仕方ないと言わんばかりの態度にクロウは早々に切れた。
「アンタを守るために幾ら使ったと思ってんだ、とっとと出て借金を返しやがれ!」
「金?そ、そんなこと頼んだ覚えはないぞ!」
「覚えはなくても回りは動いてるってことだ。あんたを守るために頑張った周囲の苦労を無にする気か!?」
生真面目で正義感の強い人物らしく、周囲のことを出されるとアルドは狼狽えた。
「だ、だが…」
「あー…アルド殿。俺の為にもさっさと出てくれ。俺まで捕まってしまいそうだ」
「シ、シード殿っ!?何故ここへ!?」
「成り行きで。まさか脱獄の手伝いをさせられるとは思わなかった。早くしてくれ」
護衛とアルドは顔見知りだったらしい。うんざり顔のシードに促され、アルドは引きずり出されるように牢から連れ出された。
「てっきり商店の用心棒だと思っていたんだがな。ついでに見つけられりゃと思ってた金色のトカゲも見つからないし…」
ぶつぶつとぼやく護衛は現状に不満そうだ。それはそうだろう。ただの護衛で脱獄の手伝いをさせられると思うはずがない。
地下水路を行く途中、何度も足下をネズミが通り過ぎていく。
「あー、なんなんだ、この猫サイズのネズミは、鬱陶しいっ!!」
「津波が来たせいでネズミも落ち着かねえんだろうな。この水路はシーサーペントの波で一回沈んでいるはずだ」
「なるほどな…水路が沈んだのにネズミが死んでねえのはどういうことだ?」
「それぐらいじゃ死なねえよ、この手のネズミは。せいぜい気絶程度だろ」
「逞しいな…」
さすがの護衛もネズミのたくましさに呆れ顔だ。
「マックスは大丈夫なのか!?」
アルドはシーサーペントが出たというところまでは話に聞いていたらしい。
「マックスっていうとアンタの相方さんか?どういう大丈夫なのかは知らねえが、出陣したという噂は聞いてねえなぁ」
「そ、そうか…」
「海にさえ出てなきゃ大丈夫だと思うがな」
完全に無事とは言い切れない。何しろ幹部が乗った船が沈められたという情報が入ってきているからだ。
「あ、マックスなら無事だぞ。ベルクートにあんたを助けてくれと頼みに来たからな。あのタイミングで来たのなら、今回は出陣してねえだろ」
「そ、そうか、よかった…」
護衛がマックスの情報を知っていたらしい。ベルクートと言えば、対岸ギランガの町の頭領の名だ。何故護衛と知り合いなのかは知らないが、世間は狭いなとクロウはちょっと呆れた。
(しっかし、ボルスのおっさん、大丈夫かな。まぁ死んでても困りはしねえけどさ)
心配しているのかしていないのか、微妙なクロウであった。