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◆ウェールのお店 海軍島支店(3)


「アルド様が捕らえられた?」
「あぁ暴行容疑だそうだ」

常連客の軍人にそう教えられ、クロウは舌打ちした。

(俺も会ったことがあるが、そういったことには無縁そうな御仁だったぞ)

マックスとアルドは海軍の二強と呼ばれる人気の高い人物だ。
数々の武勲を持つ二人はボルス将軍と不仲であることでも知られていた。

「えん罪だろう。ボルス将軍はアルドとマックスの両提督が目障りだったようだからな」

常連客の軍人もアルドに同情的だった。アルドとマックスは人望があり、非常に部下に慕われているらしい。逆にボルスは黒い噂が絶えないため、人望は全くないという。

(ボルスのおっさんらしい話だ…)

地位と金と色が好きな人物。非常に判りやすくて扱いやすいため、商人であるクロウ的にはやりやすい相手なのだが、今回の話は放っておく訳にはいかないだろう。アルド自身には何の縁もないが、このまま死なれては目覚めが悪い。
何よりこれはチャンスだ。アルドを助けることができたら、ボルスからアルドに鞍替えすることができるだろう。クロウとしても人望ある相手と取引する方がやりやすい。ボルスが相手ではこの先、火が付かないとも限らないのだ。
さてどうするかと思っていた矢先、本家から連絡が来た。次期後継者であるシェルが対岸の港町ギランガに来ているという。

(そいつぁ幸運だ。ついてるな)

シェルが来ているのなら金も人脈も借りれるだろう。
何とかなりそうだと思うクロウであった。


++++++


「…というわけで、袖の下を贈る相手を変えようかと思ってなー」

クロウにそう告げられたフィーは少し呆れた。

「そうですか。店長、ボルス様の事を気に入ってらっしゃったんじゃなかったんで?」

年上が好きだと話していたから少しは愛情があるのではと思っていたのは間違いだったのだろうか。

「ん?気に入ってたぞ。単純明快であれほど扱いやすい相手はいなかったからな」

ようするに操りやすくて気に入っていたらしい。恋愛感情ではなかったようだ。フィーは更に呆れた。逞しいというか何というか、ある意味実に商人らしい人物だ。もっとも『悪徳商人』の部類だろうが。

「で、実際のところ、どうやってお助けするつもりで?」
「状況次第だが、処刑される前に脱獄を手伝わないといけねえかなって思ってるぜ。今夜にでも動くつもりだ」
「今夜ですか!?早すぎませんか!?」

驚くフィーにクロウは肩をすくめた。

「そいつぁ違うな、フィー。気の弱い人物ってのはいつ何処でキレるか判らねえってもんだ。殺されてからじゃ遅い。手は早め早めに打っておかねえといけねえんだ。そして打てる手は幾らでも打っておいた方がいい。どこで役に立つかわからねえからな」

さすがにボルスを良く知っているだけある。クロウの意見はハッキリしていた。

「すぐに脱獄させるわけじゃねえが、すぐに脱獄できるようにはしておくつもりだ。脱出準備も抜かりなくしてある。本家の船が来てるからな。いざって時に一時的に隠れるのには最適だ」
「なるほど…」
「幸い、牢番も門番も顔見知りの常連客ばっかりだ。協力してもらえば、幾らでも誤魔化せる。いやぁ持つべき者は話の分かるお客様だな!」

ただの常連客がそんなことに協力してくれるわけがない。
一体、何人誑かしてるんですか?と思わず問いたくなるフィーであった。


++++++


翌日、事態は急変した。
海賊退治に出ていた海軍の船が、突如現れたシーサーペントに沈められてしまったという。

「うっわ、マジかよ。けどチャンスだ」

本家からはミスティア家経由で連絡が来ていた。上層部には圧力をかけておくから、このどさくさに紛れてアルドを救い出しておけという連絡だ。
一人で行くには何かあったときに不安が、と思っていたクロウは店に来ていた客に目を付けた。やや品の良い雰囲気があるが、傭兵っぽい姿の男だ。傭兵ならば金次第で護衛をしてくれるだろう。

「おい、あんた!困ってるんだ、護衛をしてくれ。金は払う!」
「あ?困ってる?別に構わねえが、俺も捜し物してるんだ。そのついでならいいぜ」
「捜し物?何だ?」
「金色のトカゲ探しをしているんだ」

変な捜し物だと思いつつ、クロウは頷いた。彼は金色のトカゲと本家の黄竜ルーが結びつかなかったのである。

「判った。情報が入ったら教えよう。商談成立だな。ついてきてくれ。俺はクロウだ。あんた名前は?」
「シードだ。トカゲ探しで笑われなかったのは初めてだ」

藍色の髪の男はそう言って苦笑した。