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◆ウェールのお店 海軍島支店(2)


約一ヶ月後、クロウは無事取引業者としての許可を得た。
袖の下を使おうとしたのだが、軍トップの将軍ボルスは金ではなく、クロウの体を要求した。
そしてクロウはそれに応じたのである。
クロウは貞操観念が高くなく、拒絶するほどのことでもないと思ったのである。
そうして許可を得たクロウは遠慮無く仕入れを始めた。
対岸の港町ギランガまではさほど遠くない。船で一時間程度の近距離だ。
店一つ分の仕入れはわざわざ運送業者を使用せずとも、小舟を持つ漁民と交渉すればいい。魚も仕入れるから多少は融通を利かせてくれるだろう。

「あとは酒だな」

海軍島には瓶入りの酒しか売っていなかった。それだけ仕入れにくいのだろう。
クロウは樽で仕入れた。大陸は量り売りが主流なのだ。瓶や革袋を持ってきてもらえばいいのでその分安く売れる。瓶売りより痛みやすいが、売りさばいてしまえば問題はない。
税金がかからぬ分、通常価格で売れるので、ちゃんと売れることだろう。軍人が多いということは酒飲みも多いはずなのだ。
クロウの読みは当たり、客数は順調に増えていった。


++++++


鍛冶師見習いであるフィーの朝は港へ行き、魚を仕入れることから始まる。
最初はクロウも一緒だったが、彼は朝に弱いため、最近は朝に強い子供のメイサークと一緒に向かっている。

「よぉ、フィー。荷が来てるぞ」
「ありがとうございます!」

顔なじみとなった漁民から荷を受け取り、荷車へ乗せる。
海軍島は坂道が多いので少々辛いが、荷車があるので何とか運べるのだ。
そうして朝靄の中を店まで行くと、老人のマオが店を開けてくれているので、そこからは三人で魚をザルに並べていく。
そうしているうちに、地元の居酒屋や料理店の店主達が品定めにやってくる。

「よぉ、今日は魚は何がある!?」
「今日は雑魚が安いが、貝もありますよ」
「いいね、両方貰おうか」
「まいど!」

店は地元の居酒屋や料理店へ仕入れるようになっていた。クロウが商談へ行き、店側も安く仕入れられると喜んでくれたのだ。そうして取引をした店には若干安めに魚を売っている。海に面した場所らしく、新鮮な魚は求められていたらしい。魚料理を扱うようになってから客数が増えたと店も喜んでくれた。
クロウは商売に関してはさすが本家の人間というか、たくみな交渉術を持っている。少々怠け癖があるのが、玉に瑕だが、彼が来てから店は着実に黒字になっていた。

「ふぁ…おはよ…」
「おはようございます、店長」

クロウは眠そうな顔で昼近くに起きてきた。
表情の乏しいメイサークが嬉しそうに近寄っていき、クロウは眠そうな顔のまま、その頭を撫でている。
フィーはクロウが眠そうな理由を知っているので、何も言わなかった。
昨夜はクロウが居なかった。海軍将軍のボルスに呼ばれていたのだ。

(いい人なんだけどなぁ…)

人見知りするメイサークが懐いているのだ、悪い人のはずがない。
けれど、クロウがいい人の一言ですませられる人じゃないのも確かだ。
何より海軍将軍のボルス相手にそこまでしなきゃいけないのだろうかとフィーは疑問に思う。金で解決できるのならそっちの方がいいんじゃないかと思うのだ。
しかしクロウに言わせればそうではないらしい。
何より、クロウ自身が特に嫌ではないらしいのだ。

『俺、年上って嫌いじゃないんだよな』

サラッとクロウは言っていた。
フィーに言わせればボルスなど年上というよりジジィじゃないかと思うのだが、クロウが嫌じゃないのであれば何も言えない。当人が納得しているのにそれ以上口出し出来るはずもないのだ。

(けどモテる人だよなぁ…)

肩までの黒い髪、黒い瞳のクロウは、端正な容姿ながら、どこか危うい雰囲気を持った人物だ。髪は首の後ろで一つに束ね、服装もごく普通の商人の格好なのに、どこか惹き付けられる、そんな魅力を持つ。
クロウの店は、午前中は鮮魚を中心に売る。傷みやすいので早めに売りさばくのだ。
午後は酒中心。つまみになるものも一緒に売る。売れ残った雑魚などは焼いてしまい、つまみ代わりに一緒に売る。
客数は魚もある午前中の方が多そうだが、実際は午後の方が多い。クロウ目当ての客が多いため、確実にクロウがいる午後に来る客が多いのだ。
軍人の若奥さんは言うまでもなく、お使いの少女から、若い軍人までクロウのファンは様々だ。そしてどの客もクロウに話しかけて、他愛ない話をしてから帰っていく。クロウの方もウェール一族らしく、接客慣れしているから、他愛ない会話をそつなくこなしている。

(あ、また店長のファンだ)

酒を入れる革袋を持った軍人がやってきて、クロウに話しかけている。
クロウも慣れた様子で話ながら、量り売りの酒を革袋に入れている。

(店長はどこへ行っても生きていけそうだな〜)

そう思うフィーは海軍島という現地も十分僻地であるということに気づいていなかった。