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◆ウェールのお店 海軍島支店(1)


クロウは黄金竜の一族と呼ばれるウェール一族の生まれである。
首の後ろで束ねたストレートの黒髪と黒目を持つ彼は、どこか危うげな雰囲気のある容姿の持ち主で、非常によくモテる。
現当主ジンの従兄弟にあたる彼は、放浪癖があり、世界中を視察の名目で巡り巡って過ごしていた。
しかし、いいかげん真っ当に働けと当主より雷が落ち、クロウは支店の一つを任されることになった。
場所は最大の大陸ゲヴェナにある大国ウェリスタのラーウ島。
別名、『海軍島』と呼ばれるウェリスタ海軍本拠地である。

「大丈夫かよ、クロウ」
そう問うてきたのは当主の息子ルーウェイである。
危なっかしい雰囲気のあるクロウは周囲が世話を焼かずにいられないらしい。
クロウは当主ジンの従兄弟だが、ジンの息子達と同世代である。ジンとは歳が離れているのだ。
ルーウェイはクロウに箱を差し出した。見た目は菓子でも入っていそうな箱だ。
「これでも持っていけ。ああいう閉鎖的なところは上手に渡り歩かないと生き残れねえぞ」
「なんだこれ?」
「袖の下だ」
いわゆる賄賂である。
「賄賂かよ!」
「箱の底が二重になっててな。そこに金貨や宝石を入れられるようになっている。うまく使えよ」
「おい…」
「おきれいなことを言って赤字で死ぬより、多少汚くても黒字で生き残れ。ウェール家の支店が赤字だなんて許されねえ。頑張れよ、クロウ」
一応、応援してくれてはいるのだろう。しかしプレッシャーをかけられているような気がするのは気のせいではあるまい。
クロウはうんざり気味に箱を受け取った。

本家は従業員を付けてくれた。

「ご一緒させていただくことになりましたフィーと申します。よろしくお願い致します」

ぺこりと頭をさげたのはまだ十代半ばに見える少年だ。聞けば鍛冶師見習いだという。

(支店は鍛冶屋じゃねえんだろ?それでなくても見習いって…なんだかなー…役に立つのか?)
同行者はフィーだけだ。
おまけに海軍島の対岸にある港町の支店も、現在はワケありで閉店中のため、あてにならないという。
行く前から不安になるクロウであった。


ラーウ島はウェリスタ国の海軍基地として機能している島である。
当然ながら住民はほぼ完全に海軍関係者だ。
そんな特殊で小さな島にまで支店を出すウェール一族の商売人根性のたくましさをしみじみと感じつつ、クロウは支店の帳簿を見て呆れた。一度も黒字になっていないのだ。前言撤回。商売人根性の欠片もない。
当然ながら店主もころころと変わり、現在は年老いた老人とその孫が働いているという。

(場所は悪くねえのになー…やっぱ特殊な土地のせいか。真っ当に商売しちゃ生き残れねえんだろうな)

島の中でも中心にある大通りに面した場所だ。建物は老朽化のせいでかなりくたびれてはいるが、品揃えなどを工夫すれば十分やっていけそうである。
クロウを出迎えた店主の老人はとうとう首ですかと泣き出した。
聞けば、前店主が夜逃げし、従業員だった老人が店主を押しつけられてしまい、一生懸命頑張っていたが、商売のことを満足に知らなかったため、店を持たせるのがやっとだったという。

「いや、そういうことなら一緒に頑張ろうぜ。俺もこの土地のことはよく知らないし、従業員は必要だからよ」
老人は涙ながらに頷いた。その隣で小さな子供も頷いている。

「…俺も…頑張る」

そう言うのは店主の孫である。名をメイサークと名乗った。歳は8歳だという。

「お前、学校は?」
「…行ってない」
「この島に学校はないのか?」
「幼年学校ならあるけど、軍人の子しか入れない…」
「なるほどな」

ウェール家の従業員の子は全員が学校へ行くように言われているが、通える学校がないのであれば仕方がないだろう。

「んじゃ、俺が教えるから、読み書きと簡単な計算ぐらいは出来るようになれよ?商売人の基本だからな」

そう告げるとメイサークは少し嬉しそうに頷いた。無表情な子だが感情がないわけではないらしい。
その夜、クロウは老人マオからメイサークの素性を聞いた。

「あの子は養い子です。親は若い娘だったのですが、不幸にも亡くなり、あの子は死んだ母親の腹から取り出されたようです。父親の方は若い軍人か、士官学校生だったようですが、海に捨てられそうになっていたところを引き取りました」
「海に捨てられそうになっていたとは…」
「そういう遺言だったようです」
「ひどいな」
「ひどいです!」

隣で聞いているフィーはすっかり涙に濡れている。

「不憫な子ですが、子供なりに一生懸命働いてくれております。今じゃワシが助けられております」
「そうだな、良い子だ」
「本当に良い子ですね!」

フィーはすっかり同情的だ。
将来的にはメイサークにこの店を任せられるかもしれないと思う。もっともそれまでにクロウがこの店を黒字に変えておく必要があるだろうが。

「どうかワシに何かありましたらメイサークをよろしくお願い致します」
「あぁもちろんだ」

島に到着して三日目。
あちらこちらを歩き回って情報を集めていたクロウは奇妙なことに気づいていた。

「何で島なのに魚が少ないんだ?」
「それは漁民がいないことと、金がかかるからです」

軍人の島なので漁民がいない。
そして品を仕入れるのに高い税金がかかる。
そのため、毎日仕入れる必要がある新鮮な魚を取り扱うものは少なく、干物中心となるという。

「目の前が海なのに干物しかねえとはな………」
「むろん、例外もあります。軍の取引業者に認定されれば免税されるのですが、軍に仕入れなどをすることがない一般店には夢のまた夢ですじゃ」
「成る程」

売るための品を仕入れることもままならないとは話にならない。
さっそく、袖の下の出番かもしれない、とクロウは思った。