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◆ガルバドスの闇市場(6)


ジダンとロブは攻撃が得意ではない。
理由は簡単。ウェール一族を守るため、要人護衛として育てられた護衛のスペシャリストだからである。
しかしその分、守りには非常に長けている。
二人は降りかかる火の粉を避けるように、襲いかかってくる相手だけを倒しながら捕虜収容所を進んだ。
捕虜収容所にはジダンたち以外にも進入した味方がいる。
まずはシェルが雇ってくれた腕のいい傭兵達。
そしてシェルが噂を流して集めてくれた一般民。彼等は捕虜収容所に捕らわれた者達を助けたいと思っている者達だ。ある意味一番やる気がある者達と言えるだろう。
そしてシェル直属の護衛たち。
その分、シェル自身の護衛が薄くなっているのが気にかかるが、命を狙われる理由がないので、大きな心配はいらないだろう。

「敵は傭兵たちに倒してもらえ。そのために金を奮発しておいた。お前達は彼等の補佐をしてやればいい。捕虜は一般民に助けさせろ。そのために彼等には最後に突入してもらう。その頃にはお前達と傭兵たちで敵は倒しているだろうから、牢を開けて連れ出すだけだ。一般民でも十分できるだろう」

そう告げるシェルは自分の担当範囲をしっかり把握し、事前に指示を出しておいてくれた。
そうして収容所内に突入したジダンとロブは金髪黒目のセイという傭兵と一緒に行動することになった。たまたま突入したとき、セイが近くにいたため、助け合って戦っているうち、一緒に行動することになったのである。
セイは四十代に近いベテランの傭兵であった。普段はウェリスタ国で仕事をしているが、今回たまたまこちらへ来ていたらしい。
報酬が高いだけあって競争率が高かった今回の仕事に合格した彼は、ベテランらしく状況判断が的確で無駄のない動きで敵を倒している。実に腕のいい傭兵であった。

収容所内は思った以上に手薄だった。恐らくレンディが事前に何か策を打ってくれていたのだろう。
最前線では傭兵達が収容所の兵達を倒している。その次がウェール家の護衛たちだ。
更に後方では最後に突入した一般民たちが牢の鍵を壊して捕虜を助け出していく。シェルが計画してくれた役割分担で、作戦は順調に進んでいた。
収容所内の地図は頭に入っている。事前にレンディが情報として流してくれたのだ。
そこへ更なる新手がやってきた。青いロングコートを羽織った長髪の主は長い鞭を手にしている。

「ガルバドスの青将軍か!」

周囲に緊張が走る。
しかしその人物は余裕たっぷりに笑んだ。

「初めまして。私はカークと申します。レンディ様には懇意にさせていただいております。私は『たまたま収容所に用事があり、たまたま今回の一件に居合わせてしまいました』。なんとも面倒なことですが、厄介な偶然とは重なるものです。仕方がありませんね」

『レンディ様には懇意に』という部分で彼が味方であることが判り、ジダンたちはホッと安堵した。
カークはちらりとジダンを見、しげしげと全身を見回すように見つめた。

「ふふ、貴方、良い体ですねえ」
「おい、カーク。こんなところで品定めしてるんじゃない。さっさと行くぞ」

ため息混じりに告げたのはカークの後ろに立っていた男である。
こちらも青将軍らしく、青のコートを羽織っている。柔らかそうな黒髪に実直そうな雰囲気を持つ男は大きな剣を手にしている。

「カークの同僚、ベルリックだ。よろしくな」
「フフフ、貴方と一緒に戦えるなんて大変光栄ですよ、ベル」
「だからお前の趣味に付き合う気はないと言ってるだろうが」
「フフフ、楽しみですねえ……賭けをお忘れ無く」
「しょうがねえな……あまり暴れすぎるなよ」

やる気満々なカークに対し、ベルリックはうんざり顔だ。
二人の青将軍は早速、傭兵達の中に入っていく。最前線で戦ってくれるのだろう。

「おい、なんだその書類は」
「私は『収容所への用事』で来ているのですよ、ベル」
「意味あるのかよ、その書類…。今から渡す相手を殺すんだろうが」
「備えあれば憂いなしなのですよ、ベル。ノース様がよくおっしゃっておられるのです」

のんびりと緊張感のない会話を交わしていた二人の将軍は、唐突に動いた。
まず大剣を持ったベルリックが飛んできた炎を剣で相殺する。その隣でカークが片腕をゆっくりと動かした。途端、周囲が急速に冷え込んでいく。

「冷気!あの長髪の青将軍、水の印使いか!」

カークの腕がぼんやりと青く輝いている。何らかの術の準備をしているのだろう。
通路の先に現れたのは黒いコートを羽織った将軍一人と青将軍一人であった。
黒将軍の方がレンディの依頼の相手、パッソだろう。堂々たる体躯だ。背は2mはありそうだ。
傭兵のセイがジダンの耳元で囁く。

「おい、一旦退くぞ。将軍位同士の戦いは近くで見るもんじゃない。巻き込まれて殺されるのがオチだ」

戦場慣れしている傭兵らしい台詞にジダンたちは頷き返し、通路を引き返した。
最前線で戦っていた他の傭兵達も同じように逃げている。シェルに選ばれた腕の良い傭兵揃いだ。彼等はちゃんと知っているのだろう。
奥から足下を白い煙のように見える冷気が流れてくる。これほど離れても流れてくるのだから長髪の将軍は相当な使い手のようだ。
離れていてもビリビリと感じる殺気が肌を打つ。
あの先にもまだ捕虜はいるのだろうか。目的の人物が巻き込まれでもしたら最悪だと思っていると、前方から小柄な盗賊風の男、ティムが駆け寄ってきた。シェルの護衛兼補佐である腕のいい男だ。

「シシ老の救出に成功したぞ」
「そうか、それは良かった」
「じゃあ用がすんだからずらかるか」

そのとき、奥から圧倒的な気が巻き起こった。

「!!!」

ジダンとロブはとっさに身を庇うようにかがんで飛び避けた。
飛び散る瓦礫。もうもうとした土埃が上がる。壁が破壊されたのだ。

「何だ!?」
「…ガルバドスの将軍同士がぶつかり合ったようだな。戦いながらこちらまで移動してきたのだろう」
「……そいつぁ面倒な…」

折角逃げていたのにこちらの方角へやってくるとは、と思っていると破壊された壁の奥に二人の青将軍と対峙する黒将軍の姿が見えた。
視界の先が白く曇り、周囲は瓦礫だらけになっている。壁があちこち破壊されているようだ。
長髪の将軍カークから発されている冷気はロブたちの周囲にまで漂ってくる。カークが手にしている長鞭を取り巻くように氷の飛礫が動いているのが見えた。
そのカークと向かい合っているのは身長が2m近い大男だ。上腕部に見える炎の印が爛々と輝くのが見える。カークらを一気に吹き飛ばすつもりなのだろう。

「来るぞ!!」

セイの叫びにロブ達は慌てて地面に伏せた。逃げる暇はない。
大きな破壊音が至近距離で響き、地震のように建物が揺れ動く。
ドン、ドンと何かが倒れる音がする。
白く煙る視界の先に立っているのは二人の人影。
二人の青将軍が勝利したことをロブたちは知った。