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◆ガルバドスの闇市場(4)


「何ィ!?あの悪趣味な戦闘狂だと!?私は会わないからなっ!!」
ディンガと会うという話を聞いたルーは必死な様子で拒絶した。
「何でそんなに嫌がるんだ。不仲なのか?」
「仲が良かったことなど過去一度もないぞっ!私は嫌だからな!会うなら一人で会えっ!」
薄情なことを言うとルーは逃げだそうとした。シェルはとっさに手にしていたマントをルーにかぶせて捕らえた。
「こらっ!何をするっ!」
「先方だってお前に会うことを望んでおられるんだ。逃がせるか。お前もウェールの一員なら仕事は仕事と割り切って会え」

ルーの名を口実に使った以上、連れていかないわけにはいかないのである。

「いーやーだっ!!離せ、シェルっ!!こらっ!」
「却下。仕事だ」

仕事に関しては妥協を許さないシェルはなんだかんだ言っても優秀な商売人である。

「鳥かご越しに会いたくなかったら大人しく肩の上にいろ。いいな?」

さすがに同じ七竜に鳥かごにいれられた状態で会いたくはないらしい。ルーはしぶしぶ大人しくなった。


その日の午後、シェルは先方が指定してきた軍の一室で青竜の使い手レンディに会った。

(なるほど……会いたくない気持ちが判った気がするな……)

レンディは若い青年だった。まだ二十代だろう。歴戦の将軍というのが信じられないぐらい明るく元気な雰囲気がある。
異様なのはそのレンディの体に巻き付いた大蛇だった。それが青竜ディンガだという。
ルーは挨拶すらせずに最初から黙り込んでいる。ディンガもまた挨拶せず、二匹はただにらみ合うように見つめ合っている。

(不仲なのか何なのか……)

幸い、レンディは話が分かる人物だった。むしろ、利害が一致したというべきか。
パッソのことをレンディは目障りに思っていたらしい。

「戦闘能力が高くて、功績があるんだが、如何せん、趣味が悪いヤツで当軍の評判が落ちまくっていて困っていたところなんだ」

レンディの依頼はパッソの始末だった。殺しさえしてくれれば、収容所でのことは見逃してくれるという。

(信じていいのか判らないな……)

趣味が悪いというのならレンディも同様ではないのだろうか。
こうして会っている部屋の片隅には二人の青年が鎖で捕らえられ、苦しげに呻いている。
二人ともガルバドスの騎士としての服を着ているが、かなり乱れている。性的な何かをされているのは明らかで、時折縋るようにレンディを見ながらも、シェルの存在を意識しているのか、極力身を隠そうとしている。

シェルの眼差しに気づき、レンディは笑んだ。

「心配せずとも黄竜の使い手を敵に回そうとは思わない。ウェールの名は私も聞いている。今後、何かと世話になりそうだからね。
パッソを殺すのは大変だろう。信頼できる援軍を用意しておこう」
「ありがとうございます」

完全に信じることはできない。しかし賭のようなものだと思いつつも拒否することはできない。
シェルは表向き何でもない表情を装いつつ頷いた。


++++++


捕虜収容所へ攻撃をかけると聞いたバディは張り切った。

「シェル、俺も行く!戦うっ!!」

シェルの役に立つんだとやる気満々らしい。
シェルは大変迷惑だと思った。バディが行くのならその分、護衛を増やさねばならない。そうなったら戦力低下だ。
シェルはバディを戦力としてあてにしてはいなかった。たとえバディ自身が戦えるとしても計算に入れる気はない。何しろ大変なトラブルメーカーだからだ。

「俺は行かないぞ」
「え?シェルは行かないのか?」
「当たり前だ。俺は護身術程度しかできないんだぞ。一緒に行ってどうする。足手まといになるだけだ」

シェルは己が戦いに不向きであることを知っている。そしてどうするべきかも判っている。
ウェール家直系としてやるべきことは情報収集、そして優秀な戦闘員の確保だ。
それらは金とウェール家のネットワークで何とかなるだろう。
シェルがすべきことはそのための指示を出すことだ。

「護衛を戦闘員として出すから、手薄になる。バディは俺を守ってくれ」
「判った。俺に任せておけ」

ちゃんと守ってやるから、というバディは嬉しそうだ。

(やれやれ。これで引っかき回されずにすみそうだな)

弟の内心に気づかぬままのバディであった。


++++++


ガルバドス国の青将軍カークは黒に近い赤色の髪を背の真ん中ほどまで伸ばしている端正な容姿の青年である。
年齢は二十代後半。風、緑、水の三重印の持ち主であり、武具である鞭の扱いにも長けている。
そのカークはレンディと仲のよい人物である。彼はレンディに収容所襲撃を命じられ、やる気なさそうに返答した。

「うす暗くて、じめじめしていそうで、汚そうな場所を襲撃ですか…判りました」

嫌みたっぷりなカークの台詞にレンディは怯むことなく答えた。

「収容所には見目のいい者もいると思うが、まぁ一人や二人いなくなったところで気にする者はいないだろうね。それと同じ青を誰か連れていっていいよ」

カークはころりと機嫌を変えた。

「ではベルリックを!ふふ、楽しみですねえ…楽しい宴になりそうです」
「あの収容所に連れ去られては困る者など入れていない。遠慮無く暴れてきたまえ」
「ええ、もちろんです」

趣味が一致する二人は階級こそ違っていたが、よき友人同士である。
いい男を見つけてきますよ、とカークは上機嫌に告げると部屋を出て行った。