「どうもまだ肌がカサカサするぞ。全く酷い目にあった!」
西に位置するガルバドス国へ向かう馬車の中で、ルーはぷりぷりと怒った。
ウェリスタ国の海で海水を浴びたルーはずっと不機嫌だ。
どうも紫竜と一悶着起こしたのも原因の一つであるらしく、ずっと怒りを引きずっている。
肌じゃなくて皮だろうと思いつつ、シェルはルーが気に入っている香料入りのクリームを塗ってやった。
「お前が捕らえられたせいで俺も大変だったんだぞ、ルー!お前のせいで俺はお仕置きされたんだからなっ」
「なんだとっ!元はと言えばお前が門限を破ったのが原因だろうがっ。私はお前を捜しに行ったんだぞ!」
口論する黄竜と兄の話を聞きながら、シェルはどっちもどっちだと思った。
捕らえられる方もかなりの間抜けだが、見知らぬ街で護衛もつけずにフラフラして帰ってこれなくなる兄も兄だ。
しかしルーの方はともかく兄の台詞は頂けない。反省の色が見えないではないか。
「バディ…お前、まだ判っていないのか?」
「え?な、何がっ?」
「また尻を叩かれたくなかったら、大人しくしておけ!ずっと側にいろ!」
グッと兄は言葉に詰まった。
怒られてる、ざーまみろ、と小竜。
「ルー、お前もお前だ。ちゃんとバディを見張っておけ」
「うむ、仕方ないな。ちゃんと見張っておいてやろう」
兄には側にいろと言っておいたし、こうしておけばセットで目を離さずにすみそうだとシェルが内心考えていると、兄がボソッと呟いた。
「今更かもしれねえけどよ、俺は一応、女でもあるんだから、そこは気遣ってくれよな」
シェルは本当に今更だと呆れた。
「だったら目の前で着替えるな。風呂と寝台に入ってくるな。自分の振るまいから、一部でも女らしくしてみろ」
全く持ってそのとおりと言いたくなるような弟の意見に、バディは反論できずに黙り込んだ。
聞いていたルーもさすがに呆れ顔になる。
「お前まだそんなことしてたのか?まさか未だに新月の夜が怖いとか、おとぎ話を引きずっているのか?」
「ち、違うぞ!!幾ら何でもちゃんと一人で寝れるっ!!」
ルーに反論しつつも、やや気まずそうにこちらを見てくる兄にシェルは内心その通りだと思いつつもあまりに哀れで黙っておいた。
「さてそろそろ服を着るか」
シェルは小竜に促され、膝の上に乗る程度の箱を空けた。
箱の蓋には手頃なサイズの鏡がついている。
黄色い小竜は鏡の前で服を合わせ始めた。
「うーん……」
首輪は嫌だとごねた小竜のために用意された服である。
手のひらサイズの小竜のために作られた服は小さい。しかし質だけは最高級品で、プロが仕立てたものらしく、補正も刺繍も飾りも見事な逸品だ。
小竜はそれらの品を一つ一つ、試着しては確認している。
(そもそも着る必要があるんだろうか…)
シェルはそう疑問に思う。何故ならウェリスタ国の王都で出会った紫竜は何も着ていなかったからだ。紫竜は首輪をつけたルーに呆れ顔で趣味が悪いと告げていた。それが原因でルーは首輪をしなくなったのだが、そもそもつける必要はないんじゃないかと思う。紫竜が今のルーの姿を見たら、また『成金のペットのようだ』と言いそうだ。
「なー?フリルとかどうだ?綺麗なレースを使うように注文してやろうか?」
ルーの様子を見つつ、バディがそう問うている。
「アホゥ!そんな趣味の悪い格好が出来るかっ!!」
「はあ?レースやフリルだと趣味が悪くて、こっちの目がチカチカしそうなピンクならいいのかよ?」
どういう基準だ?とバディは呆れ顔だ。
「あ、俺、こっちの猫耳つきマントがいい!これ着ろよ、ルー。絶対こっちのが可愛いって!!」
「猫耳だと!?私は猫ではないぞっ!!」
「いいじゃねえか、可愛いから。なっ、シェル?お前もそう思うよな!?」
「俺は今、忙しい。ルーが着るものだからルーに選ばせろ」
ルーが着る物など基本的にどうでもいいシェルはあっさりとかわし、書類を取り出した。
小竜のファッションショーに付き合うつもりは全くないシェルである。
「それより、バディ。お前、殿下に手紙を書け」
「ええー!?何でだよ!?」
「父上に送る報告書と一緒に手紙を同封するんだよ。俺も第二王子に書くんだからお前も書け」
「……だから俺は王妃なんて真っ平だって言ってるだろ、シェル……」
「社交辞令のような文章でもかまわん。とにかく書いてさえおけば帰ったときに少しは楽だぞ。書いておけ」
「……シェル、俺は王家に嫁ぎたくねえんだって……」
「そうか、でも書いておけ」
「……」
シェルは頭がいい。五男でありながら後継者に選ばれたのは伊達ではないのだ。にもかかわらず、バディの言動に関しては深読みしてくれない。むしろ素っ気ないほど適当だ。
(なにを書けってんだよ。お断り文かよ)
つれない弟にため息を吐くバディであった。