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◆描けぬ声が囁く夜(5)


一方、バディはしかめ面だった。

(うう、シェル。俺を置いていくんじゃねえ!!)

宴の場に取り残されたバディは、見事に美姫たちから睨まれていることに気づいていた。
長い栗色の髪が美しいティーア姫はしっかりローシャスの側に寄り添いつつ、時折バディを牽制するように見ている。
黒髪の巻き毛が見事なイザベラ姫の方はもっと露骨だ。この宴の場では彼女がもっとも家柄的にいいのだが、当人もそのことを意識しているのか、堂々とした態度で他の面々に牽制をかけつつ、バディとローシャスの間に割り込もうとしている。

(殿下、あんた、俺なんか選ぶ必要ねえじゃん。よりどりみどりじゃねえか…)

ティーア姫もイザベラ姫も美女だ。二人は家柄もいい。
そして他にもローシャスの気を惹こうとしている面々はいる。どの人物もローシャスから意識を向けられただけで嬉しそうな様子を見せている。
さすがは世継ぎと言うべきか、宴の主役は完全にローシャスだった。宴の場にでているメンバーも見事な顔ぶれだが、そのメンバー全員の気を惹き付けているローシャスも見事だ。

(だから俺は結構だって…)

こんな一流の場ではどうしたらいいのか、判らない。
バディはウェール家直系ではあるものの、王家主催の宴には他の兄弟達が出てくれていたため、出る必要が殆どなかったのだ。
慣れていないのもあるが、それ以上に睨まれていて、目の敵にされているのが気まずい。
正直言ってさっさと帰りたいが、当のローシャスが離してくれない。距離を開けようとするたびにさりげなく近づいてくる。間にイザベラがいようが、ティーアがいようが、ローシャスにとってはバディが第一なのだろう。バディとしては本当に気まずい。

(シェルー、助けろー!)

心の中で叫んでいると、救いの手は思わぬところから現れた。

「バディ、お前もうちょっとあっちに行け」
「へ?」
「壁際だ、壁際。あの彫り物がみたい」

肩の上から声がする。ルーだ。この場の状況に気づいてすらいない小竜は見事にマイペースだった。どうやら壁に彫られた彫刻が気になっているらしい。

「あー、こっちか」

内心助かったと思いつつ壁際へ向かう。ルーは満足した様子で肩の上でのびをして彫刻を眺めている。

「ふむふむ……この素材は黒曜石。東の大陸の一部で採掘される品だな」
「さすがは黄竜。希少な品をよくご存じだ」

真後ろで響いた声にバディはぎょっとした。壁際までローシャスがついてきたらしい。
褒められて悪い気はしないのだろう。ルーがピンとしっぽを伸ばす。

「当然だ。そもそも東の大陸の品は大半がウェールの輸入品。ウェールほど東を網羅している家はない。この国は当家と王家が表裏一体で支えている。そのことを努々忘れるでないぞ、次代の王よ。ヘルムの二の舞になりたくなくばな」

ヘルムは以前この大陸にあった国だ。パスペルトと同レベルの国だったが、七竜が滅ぼしたと聞いている。ルーも関わっていたとは聞いていたが、なんてことを言うんだとバディは思った。

「心配いらぬ。私は誠意を込めてバディを大切にする」

笑みながら答えるローシャスにバディは慌てた。

「おい、ルー!!」
「うむ、当然だ」

良かったな、と言われ、バディは顔を引きつらせた。何がいいのか、火に油ではないか。ローシャスは七竜に許可を貰ったと喜んでいるが、バディはそんなこと望んではいないのだ。
しかしローシャスの取り巻きたちは総じて顔色をなくしている。それはそうだろう。七竜がバディを娶れと脅しをかけたあげく、念を押したようなものだ。たとえルーにそんなつもりがなかったとしても、結果的にそうなってしまっている。
そこへシェルが戻ってきた。
シェルに気づいたローシャスは機嫌良くシェルへ笑んだ。

「今、黄竜殿にバディ殿を大切にと言われたところだ。むろん、言われるまでもなく、兄君は誠意を込めて大切にするので、安心されよ。当王家とウェール家は永遠にパスペルト国の繁栄のため、手を取り合って頑張ろうではないか!」

シェルは何があったんだと問うようにバディをちらりと見て、ローシャスから差し出された手を握りかえした。

「うむうむ」

火に油を注ぎ、事態を混乱させた黄竜はその様子を見つつ、よいことをしたと言わんばかりに頷いている。

(馬鹿ルー!!このアホトカゲー!!うう、帰ったらまたシェルに説教されそうだ……)

内心、がっくりと肩を落とすバディであった