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◆描けぬ声が囁く夜(4)


夜風に吹かれるには寒すぎる季節と言うことでテラスに人はいなかった。
シェルがテラスに出て、数秒後、後を追ってきた足音がすぐ側までやってきた。

「シェル…!」

振り返ると案の定、ウィリアムだった。
肩までの艶のある黒髪、鋭さのある青い瞳。
貴族や王族が着るには少々キツイ雰囲気のある軍服風の服が、ウィリアムだと嫌みなほどよく似合っている。
宴の場では軍人たちと共にいて、軽い雰囲気の貴族達は近づけもしないほど、鋭い雰囲気を醸し出していた彼は、シェルを目にした途端、嬉しそうに破顔した。

正直言って、兄から目を離したくない今、ウィリアムの相手をしている場合ではないと思う。
しかし、王女に促された以上、ここで無視するわけにもいかない。
シェルは急いで脳裏にスケジュールを思い浮かべた。

「ウィリアム様。明後日の午後は空いておられますか?」
「明後日?明後日は海軍の視察が……いや、空ける!空いている!」

唐突な問いに対し、反射的に答えかけたウィリアムは、シェルが何故問うたのか理解したのだろう。慌てた様子で前言を翻した。

「私は仕事を投げ出すようなことはどうかと思いますが…」
「……っ、待て、待ってくれ、シェル」

ウィリアムは慌てた様子で視線を彷徨わせた。
シェルから誘いをかけるというのは皆無に近い。何らかの用件があるときや、何かのついででしか会うことはない。ウィリアムにとっては貴重な誘いだろう。
しかし、ウィリアムは多忙な人物だ。シェルも多忙だがウィリアムはその上を行く。

「待ってろ、予定をずらしてくる。重要な視察ではないからそれぐらい融通がきくんだ」
「ウィリアム様」

シェルの制止を聞かず、ウィリアムはテラスを出て行った。宴に来ていた軍の要人たちに話をするのだろう。

(本当に重要な視察じゃないのだろうか…)

シェルは不安に思う。無理をさせたいわけではないのだ。故に最初に予定を聞いたのだが、聞き方が悪かっただろうか。

(どちらにしろ、一緒か…)

ウィリアムにとってはシェルからの誘いというだけで重要なのだろう。そしてウィリアムは聡い。どんな問い方をしたところでこちらの意図に気づいてしまうだろう。頭の回転が早い相手は話していて楽な反面、こういうところでは面倒だと思う。

(ああ、バディが心配だ)

とりあえず宴の場に戻ろうとしたところでウィリアムが戻ってきた。ウィリアムはしかめ面だった。そして言いづらそうに告げる。

「明後日だが、午前中では駄目か?シェル。むろん、駄目なら午後でもいいんだが」
(やはり重要な視察なんじゃないか…)

はっきり予定をずらせないということはそういうことだろう。

「明後日は止めておきましょう、ウィリアム様」
「シェル、待ってくれ。予定なら…」

反論しかけたウィリアムはシェルの表情から悟ったのだろう。しかめ面で軽く俯いた。

「寒くなってまいりました。宴の間に戻ります」
「待て、シェル。せめてもう少しだけ話を……!」
「兄がローシャス様にどんなご無礼を働いているか判りませんので」
「待ってくれ、シェル。半年ぶりだ!全然話をしていないじゃないか」

半年、という言葉にシェルは唐突に動きを止めた。それほど間が開いていただろうか。
シェルは脳裏で反芻した。

(確か……春先の鉱石に関する懸案で会ったような……?)

見事にうろ覚えだ。もっと会っているような気がしたが、気のせいだったのかもしれない。少なくとも二人だけで過ごしてはいないのだろう。

「判りました。時間を作ります。ですから今日はお許し下さい。当家にご予定をお知らせくだされば何とかします」

反省を含めてシェルがそう告げるとウィリアムはしかめ面のままだった。

「お前は俺に会いたいと思ってはくれないのだな……いや、いい。予定を開けてくれるというのに愚痴めいたことを告げて悪かった」

何か悪かっただろうか、そう疑問を持ちつつもシェルは再度謝罪すると宴の間に戻った。
そのため、その後ろ姿を見送りながら呟いたウィリアムの声をシェルは聞くことがなかった。

「…………まぁ……いい。一応、会うには会えた。…………それに予定を開けてくれると言ってくれた………また会える……また…会える…」