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◆描けぬ声が囁く夜(6)


「ほぉ……そういうことが………」
「だから俺のせいじゃないんだ。判ってくれよな、シェル!」

家へ戻るための馬車の中でバディは必死に説明した。

(誤解が誤解を招き、更に誤解を招いたってところか……)

問題を引き起こした黄竜は丸くなって眠っている。
怒ったバディが起こそうとしていたが、うるさくなるだけだから寝せておけとシェルは命じた。

(恐らくルーはバディへ向けられた殺気を己に向けられた殺気と誤解したんだろう…)

呑気そうに見えて、さすが七竜というべきか、ルーは殺気に聡い。一緒にいれば暗殺者の察知ぐらいには使えるのだ。
ルーが脅しをかけたのは殺気を向けてくる周囲への牽制だったはずだ。しかしそれを王子はバディを召し取れという意味だと解釈し、周囲は婚姻への脅しと取ったのだろう。

(まぁいい。バディの身が気になっていたのは確かだ。無駄にはなっていない)

継承問題が大きくなる中、正妃争いも激化している。
バディが第一王子に想われている以上、巻き込まれるのは確定している。
そうなるとまずは身の安全を図るのが第一だ。そういう意味ではルーの行動も悪くない結果とも言える。あくまでも結果論だが。

「うう、ルーのヤツ〜!俺、王妃なんか嫌だってのに」
「大丈夫だ。本気でお前が嫌なら、いざとなったらひっくり返してやる」

兄を宥めるためにそう答えつつ、シェルは軽く目を閉じた。
第一王子と兄の婚姻はシェルにも無関係ではない。兄と第一王子が婚姻したら、シェルとウィリアムの婚姻に意味はなくなってしまうのだ。
王家側はそれでもいいと考えている様子だが、シェルとしては意味のないことをする気はない。それでなくてもウィリアムはトラブルメーカーになりそうなのだ。

(位の高い人物を娶る場合、妻や妃は愚かな方がいい)

できれば家業に口出ししてこないような大人しく清楚な人物を。
そうでなくば、丸め込みやすい愚かしい人物を。
その点、ウィリアムは正反対だ。行動力があり、頭の回転もいい。一言で二つも三つも理解するような人物だ。仕事仲間としては心強いが、正妻にするには最悪だ。

(ウィリアム様……貴方が愚かだったら良かったのに…そうしたら俺は貴方を愛せた)

ウィリアムは聡い。それが互いの悲劇だとシェルは思う。
シェルはウィリアムを愛せない己を知っている。
そして恐らくウィリアムも気づいている。でなければ愛してくれなくていいなどと言わないだろう。

(いつかあの人を愛せる日がくるだろうか…)

こればかりは判らない。
けれどそうなればいいとシェルは思った。

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