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◆ウェールの守り神(9)


素材も違えばサイズも違う『七竜』と呼ばれる存在は普段、武具か小さな竜の姿をしている。
黄竜のルーは鳥かごのようなものに入れられていた。
喋らなかったのはその希少価値がばれてしまっては厄介なことになると思ったからである。珍しいハ虫類のふりをして機会を待った。
その判断が間違っていたと気づいたのは出航してしまってからだ。ルーを捕らえたのは海賊の下っ端だったのである。
海の上ではさすがのルーも場所が判らず、帰ろうにも帰れない。
仕方なく、どこかの陸地に着いてから逃げようとルーは大人しく機会を待つことにした。


一方、シェルはウェリスタの支店長シオにウェリスタの情報網を使用して、報告を受けていた。
「海賊?この辺の海賊にも厄介な奴らがいるのか?」
「ええ。有名なのはディガンダ、ベルウェナ、ティスコ、サルヴァドス、フェルベールの五大海賊ですね。こやつら辺りになれば、海軍でも手を焼きます。船一隻に艦隊がやられるんですから、話になりません。今のところ対等にやりあえているのは海軍のマックスとアルドの二提督ぐらいですね。ちなみにミスティアの領主艦隊も負けてはいませんが、こちらは勝ってもいません」
「負けてもいないが勝ってもいないとはどういう…」
「ミスティア家は代替わり前です。若手の育成時期らしく、まだ本腰で討伐に乗り出していないのです。幸い海軍本拠地もありますので、本気の討伐は海軍任せというところなのでしょう」
「なるほど…」

大貴族らしい考え方だ。目先のチマチマしたことに拘らず、大きな被害が出なければいいと考えているのだろう。

「ただ、最近サルヴァドスとティスコが近海を精力的に動き回っているという情報があります。厄介なことにならないといいのですが」
「…ルーがそいつらに捕らえられでもしていたら最悪だな…」

シェルはため息混じりにそう応じた。
しかし、嫌な予感というものは当たるものなのである…。



ひとまとめに海賊と括られていても、やり方や行動範囲が異なるもので、サルヴァドスは主に人身売買や希少生物を捕らえて売り、収益をあげている海賊である。
ハッキリ言えば質の悪い方の海賊だが、さすがに大海賊と言われるだけあり、トップのヴァンダは頭がいい。悪知恵が働くタイプであり、使えると思った者は弱みを握って強引に味方に引き入れ、勢力を拡大してきた。
そのヴァンダが『使える』と思ったタイプにセイルと言う名の青年がいる。
ひょろりとしていて、肉付きが悪い。間違っても肉体派ではない。かと言って頭脳派にも見えない。ぼーっとしていて、いかにも『使えない』タイプだ。
しかしこの青年、特技があった。航海術が抜群なのだ。波や天候を見て操舵の指示をだすのが天才的に上手い。その特技を買われて、青年は強制的に船へ連れ込まれた。

「あんた、また掃除してんのか」
「あ、うん…」

その青年セイルと同じ船に乗るシルバーはセイルとは正反対の肉付きの良い、いかにも戦闘派タイプの青年だ。年齢は二十代後半。サルヴァドス配下の海賊の中でも戦闘能力はずば抜けており、一対一の戦いなら負け知らずという人物だ。
白に近い銀色の髪と灰色の瞳は暖色がないこともあり、冷ややかな雰囲気がある。実際、酷薄なところを多々見せる遊び人で、泣きすがる愛人を幾人も見捨てた過去を持つ。
そんなシルバーが特に特殊なのは幾度も船を乗り換えていることだ。
海賊は違法行為とはいえ、意外と人情味が厚く、一度選んだ船を変えることはまずない。
しかしシルバーは幾度も船を乗り換えている。トップを見捨てて去ったこともあれば、気まぐれに誘いに乗ったこともあり、更にはやり口が行為が気にくわないと全員を皆殺しにしてしまったこともあるという。
そんな行動のせいでついた裏切りのシルバーだの船無しシルバーなどと言われている男は何故かセイルを気に入っていて側にいることが多い。セイルとしては気に入られるようなことをした覚えはないので困惑している。しかし戦闘時に幾度か庇われたことがあるので、その点については感謝していた。

「気をつけろよ。ミスティア艦隊が動いているらしい」

セイルは倉庫を整理しつつ眉を寄せた。

「ミスティア艦隊?何でまた。あそこは海軍と違って一定以上近づかなかったら何もしてこなかったくせに」
「さぁな。だが今回は明らかに動きが違う。こちらを探っているのは間違いない。油断したら痛い目にあうぞ」

気を抜くなと告げられ、セイルは頷いた。どうやら倉庫の掃除などしている場合ではないらしい。ちゃんと天候を見て海図を確認しておかないといけないようだ。

「早いところ、陸で手に入れた動物を売りさばきたいところなのに、面倒だね」

ぼやきつつセイルは倉庫を出て行った。
その様子を金色の小さな竜が無言で倉庫の端から見送っていた。