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◆ウェールの守り神(8)


大国ウェリスタには海軍がある。
海軍には複数の基地があり、本拠地はギランガの沖にあるラーウ島だ。
普段は哨戒と海賊退治中心だが、当然ながら他国からの侵略に備えることもある。

「全くあのもうろくジジイめ!!目と共に頭も見えなくなっているとみえる!!この現状が判らぬとは頭が逝かれておるとしか思えん!!」
赤毛のミルガンが遠慮無く怒鳴るとビリビリと空気が震えた。
本拠地の会議室から出た途端怒鳴るミルガンがズカズカと歩き去っていくのを彼の副官が慌てた様子でついていく。

「あのバカ。こっちの鼓膜が逝かれるわ」

その様子を見送り、黒髪の青年マックスがボソリと呟く。ハッとするような冷たい雰囲気を持つ美青年だ。

「全くだ。それにあれほどの大声で怒鳴っては周囲に筒抜けだ。将軍にまで届いたに違いない」

苦笑気味に黒髪の青年に応じるのはアルド。軍人にしてはやや小柄だが敏捷そうなバランスのいい体格をしている。
彼等は全員大隊長だ。海軍では艦隊を指揮することになるが、船一隻の船長が中隊長であり、艦隊を指揮することになるのは大隊長になってからだ。
大きな船になると弓矢隊や印術隊などが乗り込むことになるため、一つの船に何十人も乗り込んでいる。それらの船を束ねて指揮するのが大隊長の役割だ。
当然ながら大隊長の数は多くない。現在、ウェリスタ海軍に大隊長位は7名。近衛軍のように複数の軍に分かれているわけではないので、海軍全体で7名しかいないのだ。

マックスとアルドは親友同士だ。
共に二十代後半の二人は名の知られた海軍指揮官である。
冷たい皮肉屋のマックスと明るく誠実なアルドは性格が正反対だが自然と気が合った。二人はミスティア領の士官学校で出会い、以降、出世を共にしてきた。
実は運命の相手同士なのだが、今のところ、二人の間には何もない。

「ミスティア家が動いているらしいな」
マックスが話題を出すとアルドは軽く眉を上げた。
「ミスティア家が?動く理由でもあるのか?」
「さてな。心当たりはない。だが時期が悪い。そろそろ奴らが動き出す頃だ」

現在、海軍がもっとも意識している敵が海のネズミと呼ばれる海賊だ。特に装備も人員も海軍並の強力さを誇る大海賊たちは東の海を縦横無尽に走り回り、被害を拡大させている。広い海だけに海軍も根絶やしに出来ずにいるのが現状だった。
特に海軍が目の敵にしているのがディガンダ、ベルウェナ、ティスコ、サルヴァドス、フェルベールの五大海賊であり、マックスとアルドは何度も彼等とやり合い、その強さを身に染みて知っている。

貴族は領主軍を持つ。近衛軍や海軍が国王直属の兵力なら領主軍は地方軍と呼ばれる軍であり、貴族独自の戦力だ。
領主軍は徴兵された兵で構成されるため、職業軍人が主な近衛軍に戦力は劣る。しかしミスティア家のような三大貴族であれば話は別だ。
豊富な資金力で雇われる兵力に弱兵はない。三大貴族は揃って強力な軍を保有する。
ミスティア家は海に面する領を持つだけに領主軍にも艦隊を持つのだ。
ウェリスタ広しと言えども海軍に匹敵する艦隊を持つのは同じ三大貴族の一つ北のサンダルスの他はミスティアだけだろう。

「厄介だな」
「あぁ、厄介だ。…まぁミスティア艦隊のエッジとウォルターはバカではない。大丈夫だとは思うが」
「そうだな」

活動範囲が重なるだけにミスティア艦隊と海軍の仲は良いとは言えないのが現状だ。
互いに足を引っ張り合った歴史が色濃く残っている。
そしてそのことを海賊はよく知っている。知っていて利用してくるのだ。

「一体何をしているのやら」
「さぁな。貴族の考えることは判らぬよ」
「全くだ」
「それより今夜だが、良い酒が手に入ったんだがどうだ?」
マックスの誘いにアルドは表情を輝かせた。
「では是非お邪魔せねばな」
顔を見合わせて笑いあう二人はそのまま港へと向かった。



一方、ミスティア艦隊。
海軍の名将二人に『バカではない』という微妙な評価を受けたエッジとウォルターはやる気なく艦隊を指揮していた。
収まりの悪い赤毛の茶髪をしたエッジは27歳、黒髪に日除けの青いバンダナをしたウォルターは28歳。共に若手であり、次期当主コウと共に次代のミスティアを支えていくため、英才教育を受けたエリートである。
当然ながら忠誠心も厚く、ミスティア家の為に、と幼い頃から叩き込まれて育った。
…が、その忠誠心も萎えることがある。

「何だって黄色のトカゲなんか探さないといけないんだ」
「仕方あるまい。我らがコウ様のご命令だ」

次期当主コウは領民に絶大なる人気を誇る。ミスティア艦隊でも同様であり、当初二人はやる気満々でコウの元へ向かったのだ。
もっとも命令内容を聞いて一気にやる気がなくなったのは言うまでもない。

「うう、確かにコウさまのご命令だ。やる気はないが、やらねばならぬな。コウさまは珍しいペットを失われて心痛められておられるに違いない」

真面目なウォルターは無理矢理やる気を引き出した。トカゲ探しと考えればやる気はでない。しかしコウのためと思えば出ないやる気も出る。忠誠心厚き臣下らしく、ウォルターは責任感の高い人物であった。

「そうだな、コウさまの御為だ。トカゲだろうが黄色かろうが、探すんだ」

普段は大ざっぱでザル勘定なところがあるエッジもコウの命令となると話は別とばかりに相方に応じて海図を取り出した。ただ闇雲に探しただけでは見つかるはずもない。なんと言っても海は広いのだ。

「海賊に捕らわれていたらどうする?」
エッジが問うとウォルターは即答した。
「むろん、取り戻す!!」
「…とりあえずミスティア家の名誉のため、トカゲを探しているということは極力伏せておくか」

たとえコウのペットとはいえ、トカゲを可愛がっているというのは趣味的にどうかと思う二人はは虫類好きではなかった。
そして二人に『黄色のトカゲ探し』を命じたコウは二人の誤解に気づいていたが、あえて誤解を解くことはしなかった。
コウはプライドは高いが、自分への評価に対してはあまり気を払わない人物であった。