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◆ウェールの守り神(7)


港町ギランガを支配下に持つミスティア家は大国ウェリスタでも三大貴族の一つに数えられる大きな力を持つ家である。
コウはそのミスティア家の次期後継者である。
白薔薇と歌われた美姫で有名な王妹を母に持ち、当公爵を父に持つコウは血筋も抜群だ。
大貴族としてうけた英才教育、そして母譲りの美貌もあり、十代後半でありながら領内では大きな人気を持つ。
そんな彼は臣下からの報告に眉を寄せた。

「ウェール一族?パスペルト国に本拠地を持つ黄竜の大商人一族か?」

さすがにコウはウェール一族を知っていた。
臣下はそうですと頷いた。

「面談依頼が入っております。こちらに依頼したいことがあるとか」

コウは素早く計算した。
ウェール一族からの依頼ならば内容によっては大きな報酬が望めるだろう。他の大陸に大きな影響力を持つウェールは貿易に強い。東の海にある島国など殆どウェール傘下にあると言われているほどだ。ウェールと繋がりが出来ることはミスティア家にとっても悪くない話である。
こちらへ面談を希望してきたということはこの大陸がらみのことに違いない。ウェールがこの大陸に強くないことは判っている。しかし全くネットワークがないわけではないはずだ。つまり何らかの事情により早急にミスティアの力が必要になったのだろう。
ウェールに貸しが出来るのは悪くない。コウはそう結論づけた。

「会おう。すぐに通せ」

承知致しました、と臣下は頭を下げた。


+++


「ミスティア家から返答が来た。会ってくれるようだ」

とりあえず第一関門は突破だ。地元の協力が得られたら、捜索も段違いに進むだろう。
むろん、それなりの報酬は用意しなければならないだろうが、ルーの命には代えられない。全く七竜と呼ばれているくせに手のかかる小竜だとシェルは思った。

「ミスティア家だって?俺を連れて行ってくれ!!」

突然そう声をあげたのは兄バディを助けてくれた青年ウィンだった。黒髪で少し目つきが悪いが、兄が酒場で絡まれていたところを救ってくれたという人の良い青年である。普段日雇いの仕事をしているといい、定職がないというので目の離せない兄の目付役として雇ったのである。

「理由は?」

重要な申し入れをするのだ、下手な理由では連れて行けない。
ウィンは必死な様子で告げた。

「…っ、コウに、会いたいんだ。頼む、何でもするから連れていってくれ。大人しくしている。邪魔は絶対しない。ただ一目会いたいだけなんだ」
「コウ…。確かミスティアの次期領主の名だな。知り合いなのか?」

ならば好都合だと思いつつ問うとウィンは苦笑した。

「……俺は元男娼だ。コウは馴染みの客だった。コウが大金をくれたおかげで俺は店を出ることができたんだ」

身請けはしてもらえなかったが、と言うウィンはコウに心残しているのだろう。しかし諦めているのか、ただ一目見れるだけでいいと繰り返す。

「いいだろう。兄の件で借りがあるからな」

花街から解放されるほどの大金を貰えたのなら、コウの方もウィンを不快には思っていなかったのだろう。悪いようにはなるまい。そう思い、シェルは頷いた。



ウェール一族からの依頼は意外なものだった。
しかし報酬として提示された額は申し分ないものだった。むしろただの捜索依頼としては破格の額だろう。

(ウェールと繋がりが出来るのは悪くない)

ミスティアは領内に鉱山がある。特に有名なのが領の北にある銀山だ。質の良い銀は高額で取引される。
コウはその新たな取引先を探していた。大陸内では限りがある。ウェール一族ならば大きなネットワークがある。恐らく直接取引もしてくれるだろう。
コウは七竜に興味がない。護衛を雇え、自力で戦うことを考慮に入れない貴族は邂逅の儀を受けない者も多いのだ。『七竜を持つ者』ならば雇っても良いが、七竜そのものはどうでもいいとコウは思っている。

(まぁその七竜で一儲け出来そうだから好都合だ)

ウェール側も捜索依頼を受け入れてもらえたことを安堵しているようだ。
とりあえず今日の商談は終わりだ。
コウは相手側の連れに視線を向けた。

「…ウェール殿。貴方の連れに我が知人がいるようだ。少しいいか?」

承諾を受け、コウは相手の名を呼んだ。

「ウィン」

大人しく無言だった青年は名を呼ばれて少し涙を滲ませ、コウへ駆け寄っていった。