文字サイズ

◆ウェールの守り神(5)


第一王子には会いに行かなかったという兄バディは船に乗った直後、ぎりぎりで駆けつけてきた早馬からの文にしかめ面だった。
手紙は第一王子ローシャスからの苦情及び愛の文章だったらしい。知るか、そんなこと、とぼやくバディはぶつぶつ言いながらも少々ばつが悪そうだ。素直な兄は多少は罪悪感を感じているらしく、ちらりと城のある方角を船の上から振り返っている。
さすがはウェール一族、というべきか、船は港にあるどの船よりも大きく立派だ。当然そのままでは海賊に狙われるので、護衛船も複数ついている。金がある分、優秀な者を雇えるので、ウェール一族の船は負けたことがない。
理由の一つに黄竜の存在がある。七竜のいる一族を襲おうという命知らずは滅多にいないのだ。

(たまには役立つよな、こいつも…)

その黄竜はシェルの肩の上だ。最近は当主のジンよりシェルの元に居ることが多くなり、父のジンには代替わり済みのようだと笑われている。
しかし父が黄竜の不在を愚痴らないところをみると、黄竜のルーがいようといまいと大して影響はないのだろう。シェルがルーの商人としての実力を疑う所以である。

「バディ、そろそろ出航だ」
「あー、わかった」

兄は剣技が得意だ。そのため、今回の旅ではシェルを守るんだと意気込んでいるようだ。しかし当のシェルは父に『バディを頼んだぞ』と言われていた。
父曰く

『あれは頭はいいが、性格が良すぎるからな』

変なトラブルに巻き込まれないかと心配しているらしい。
ちなみに父はシェルの方は心配していなかった。黄竜がついていることと、シェル自身がしっかり者なので心配不要と思っているらしい。

『お前はしてやられるような可愛い性格ではなかろう。どんなトラブルに巻き込まれようとあらゆる手段で抜け出してくるだろう?』

だがバディはそうではないから、と父は続けた。
心配されていないと知り、薄情だと思うべきか、信頼されていると思うべきか、思わず悩んだシェルである。

「うぉー、見ろよ、シェル。波がすげえっ」

兄は海を覗き込んで騒いでいる。

「こら、バディ。あまり下を覗き込むな、落ちるぞ」

思い出していた途端これである。父の心配も見当外れじゃなかったと思いつつ、船縁の兄を連れ戻しに行くシェルであった。



ゲウェナ大陸には途中幾つかの島国に寄りつつ、約一ヶ月ほどかかって到着した。これでも風に恵まれて順調だった方らしい。
大国ウェリスタの最大の港ギランガより上陸し、王都へ向かう予定である。
ギランガにはウェリスタの支店長が待ち受けてくれていた。

「一族の後継者たるぼっちゃま方をお迎えできて大変光栄に思います」

中年の恰幅のいい男にシェルは頷いた。

「よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願い致します。ゲウェナ大陸は最大の大陸であるにもかかわらず、まだまだウェール一族は浸透しておりません。ウェールの名を広めるためにも頑張ります」
「あぁ、頑張ろう」

実はあまりやる気などないのだが、一族の次期長という立場上、一応やる気ありげにシェルは返答した。

「ところでぼっちゃま。そちらの肩の上の黄色い竜でございますが」
「あぁ、こいつが黄竜だ」
「そうでございましたか。一族の守り神にお会いできて光栄に思います。ですが少々首飾りがイマイチであられるご様子。よき首飾りをご用意したいと思いますがいかがですかな?」

嬉しげに顔を紅潮させて告げる相手にルーは返事をしなかった。首輪の件で兄ともめたことを知るシェルは代わりに答えた。

「…じゃあ頼む」

持ってこられたのは首輪ではなく腕輪だった。宝石がふんだんについている。人間用だが黄竜にはサイズ的にちょうどよさそうだということでシェルは付け替えてやった。

「ところでルー。お前、紫竜に会う伝手はあるのか?」
「そこをお前達のネットワークで探すんじゃないか」

伝手がないのかとシェルは思った。この大陸にいることしか判らない竜一匹を探せとは、なんて行き当たりばったりなんだとシェルは思った。
しかし運良くすぐに情報は見つかった。なんとこの国の近衛軍に使い手が存在しているという。

「幸運だったな、ルー」
「うむ。日頃の行いがいいおかげだな」

それはどうかなと思いつつも喧嘩になることが判っていたので口出しはしなかったシェルであった。