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◆ウェールの守り神(4)


翌日、パスペルト国の王宮。
中庭の綺麗に整備された芝生の上に設置された椅子にシェルは座っていた。
銀色のテーブルの向かいに座るのはこの国の第二王子ウィリアムである。
肩までの黒髪、青い瞳。眼差しは鋭いが今は柔らかく甘さが含まれている。剣の達人でも知られ、体は無駄のない筋肉に覆われている。心技体に優れた王子として国民からの人気も高い。
シェルはこの相手を苦手にしていた。しかし会わないわけにはいかない事情があった。

「…というわけで少々、国を留守にします」

シェルは面倒だったが、報告に来ていた。理由は簡単。目の前の相手が婚約者なのである。
ウェール一族は爵位こそ伯爵家。しかし影響力は他の貴族の比ではない。この大陸に収まりきれぬほどの大商業を営んでいる一族の次期の長であるシェルはパスペルト王家にとっても無視できない重要人物なのだ。五男でありながら次の当主と定められているシェルが見た目通りの人物ではないことは王家側も判っているのだろう。シェルに血族を降嫁させることを決めたのがその証とも言える。

「…何ヶ月も不在にするのだろう?どこが少々なんだ…」

その相手であるパスペルト王家の次男ウィリアムは不機嫌だ。
普通政略婚、それも伯爵家に王族が嫁ぐとなると屈辱的だろう。しかしウィリアムの場合は少々話が違った。彼はシェルに惚れきっていて、当初、第二王女をという話だったのを自分がと押し切った過去を持つ。シェルは正妻には楚々とした女性がいいと思っていたので、ウィリアムの話は迷惑に思った。そして思った通りに王家へ苦情を告げたため、少々揉めたのは二年ほど前の話だ。以来、強気のウィリアムはシェルに対して、態度が和らいだ。強引にでなくなったのは、婚約話が妹に流れては困ると思ってのことだろう。

「当主からの命令ですのでご理解ください」

大切な仕事ですし、と付け加えるとウィリアムは不機嫌そうな表情ながらも黙り込んだ。
仕事と言われれば駄々も捏ねられないだろう。しかし長期に渡って会えなくなるのは不満なのか、物言いたげな表情だ。

「……なぁシェル。だったら行っても構わないが……」
「はい」
「……婚姻……そろそろしないか?」
「……」
「いつまでも単身でいるより婚姻した方が当主としての貫禄もつくだろう?嫁ぐ方も十代で嫁ぐ話は珍しくないんだ。だから…な?」

シェルに惚れているウィリアムは婚姻に積極的だ。ことある事に婚姻を迫られている。面倒になって王城への足が遠のいてるシェルだが、ウィリアムは判っていないらしく、もっと会いに来い、誠意が足りないと五月蠅い。正直言って婚姻してうまくやっていけるのかシェルに自信はない。
黙り込んだシェルが不機嫌になったことに気づいたのか、ウィリアムは言を和らげた。

「無理にとは言わないが…そろそろ考えてくれてもいいだろう?」

どう答えようか視線を巡らせたシェルの視界にドレスを着た女性の姿が目に入った。十代半ばほどの王女リーアはシェルと兄に気づくと小さく笑んだ。そして侍女と共に中庭を通り過ぎていく。
本来婚約者であったはずの女性の愛らしい姿を見送っていると妹に気づいたウィリアムが小さく顔をしかめた。妹のことは嫌いじゃない、というウィリアムだが、シェルが妹を意識するのは当然ながら嫌であるらしい。シェルと名を呼んで意識を戻させる。

「約束覚えているだろう?」

そう告げるウィリアムの笑みは苦い。

「私を愛してくれなくていい。だから婚姻だけはしてくれ」

約二年前。リーア姫かウィリアムか、そう選択を迫られたとき、シェルにそう告げたのはウィリアム自身だった。シェルの気持ちがリーアに傾いていることに気づいていたのだろう。そう言って婚約を押し切った。

「…いい宝石を探してきますよ」

紫竜はいい鍛冶師だという。きっと質の良いアクセサリーを作ってくれるだろう。そう思いながら告げるとウィリアムは嬉しそうに笑んだ。

「楽しみにしている」

シェルはただその場しのぎに告げただけだった。しかしウィリアムは本当に嬉しかったのだろう。とろけるような笑みがシェルに罪悪感を感じさせた。