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◆ウェールの守り神(3)


西に位置するゲウェナ大陸行きは、シェルが父に命じられたことだった。支店の様子を見てこいとの指示にシェルは返事を渋った。理由は簡単。長旅が嫌だったのである。
『ではどんな仕事ならやりたいんだ?』
と問われた五男坊はとっさに返答できなかった。怠け者な五男坊はやりたい仕事などなかったのである。
そして、そんなところを父は見抜いていたらしい。
『どんな仕事でもやる気をだしたことなどなかろうが』
と言われ、
「やる気はないが才能はある」五男坊は強制的に支店周りを命じられたのである。

シェルがゲウェナ大陸行きを命じられたと知り、すぐ上の兄バディは着いていくと言い出した。
異母兄弟であり、3ヶ月違いの兄弟であるバディはシェルと仲がいい。商売の才能の方はイマイチだ。人に好かれやすいので全くないとは言えないだろう。しかし一族全体の長となるには不向きだと見られている。
『見聞を広めたいから』という口実を告げて父に許可を貰っていたものの、実際の理由をシェルは知っていた。
「またローシャス様か?」
シェルが問うとバディは口籠もった。
「…違う。俺はただお前と一緒にいてえなって…」
こちらを伺うように見る兄に、ホントかよ?とシェルは思った。

ローシャスはパスペルト国の王子である。文武両道の彼は支配者としての才能もあり、よき王になるだろうと評判の人物だ。その彼は昔からバディに執心で、バディと結婚するのだと言って憚らない。バディの方は王妃など冗談じゃないと断り続けている。

(気持ちもわからないわけじゃないが…)

けど、ローシャスとの相性も悪くないんじゃないかとシェルは思っている。
なにしろバディはウェール一族の本家育ちだ。シェルと違って、支店に修行へ出されたこともなく、ぼっちゃま、ぼっちゃまと過保護に育てられてきた。一般家庭など今更入れないだろう。ならば貴族や王族相手でないと苦労する。その点、王家は贅沢のし放題だ。しっかり者でなおかつバディに惚れきっているローシャスになら安心して託せる。
バディには断ってくれなどと頼まれているが、シェルは手出しする気はない。今後どうなるかは当人達次第だろう。
ちなみにシェル自身は今のところ定められた婚約者が一人いるだけだ。
将来的には父のように複数の恋人を持つかもしれないし、持たないかもしれない。
後継者が必要なので女性を娶りはするだろう。

ちなみに父ジンは四人に子を産ませた。正妻のリナは侯爵家のお嬢様で、何もできない女性だが、善良な性格のおかげで嫌われることもなく、家の奥で静かに暮らしている。
シェルの母ハンナは父ジンと幼なじみだ。実際に家のことを取り仕切っているのは彼女であり、父のよき力となっている。恰幅のよい働き者だ。
三人目のアリアは明るく陽気な女性だったらしいが、二人目を産んだ後、産後の状態がよくなかったらしく、亡くなった。そのため彼女の二人の子供は乳母とハンナが育てたという。
異色なのがバディの母エマードだ。
少数民族リースティーアの生まれで、エマードもバディと同じく見た目男性だが、子を産める体だという。
ジンとは雇用者と護衛という関係で知り合い、シェルと同じく世界各国の支店を見て回るときに雇ったのがきっかけだったという。
ちょっとした間違いで子を孕み、一人ぐらいならいいかと思って生んだというエマードは死ぬほど痛かったから、もう二度と子など産まないと言い張っている。剣一本で戦場を走る傭兵とは思えない台詞だ。
さほど母性本能も強くないらしく、子供も殆どほったらかし状態で、世界中を回っている。ジンが好きにさせているため、家には殆どいない。文字通り放浪の剣士状態だ。
ちなみにそんなエマードは息子が王子から求婚されているという話を聞き、顔をしかめた。

『どうせ男を捕まえるなら金持ちを捕まえろ。だが王家は止めておけ。放浪できないぞ』

ちょっとずれた感想だった。
別に放浪したいわけじゃねえんだけどな、とバディは複雑そうに呟いた。そりゃそうだろう。放浪したいだけなら今すぐだってできる。ウェール一族は大金持ちなのだ。おまけに世界中に支店があるんだから、何の苦労もないだろう。

「ところでルー。ゲウェナ大陸には何をしに行くんだ?」

用事があるからついてくると言う黄竜に問うとルーは相変わらず首輪を不満そうな顔で眺めつつ答えた。
「あの大陸にはドゥルーガがいるんでな」
「知り合い?」
「鍛冶師をしている紫竜だ」
なるほど、他の七竜に会いに行くのか、とシェルは思った。
「へー、他のトカゲに会いに行くのか」
同じ感想を頂いたらしいバディの台詞は言い方が悪かった。
「トカゲではないと言っておるだろーがっ!」
激怒した黄竜と喧嘩になるバディに、兄は正直すぎて商人に不向きだと思うシェルであった。