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◆ウェールの守り神(2)


シェルは帳簿を見つつ、部屋の片隅に視線を向けた。
大きな部屋の大きな鏡の前に座るちんまりとした姿がある。
その姿を見て、シェルの兄バディは笑いつつ、背を突いた。
「おい、ルー。そんなに鏡を見つめて、自分の顔に見惚れているのか?」
気持ち悪いよ、と兄が告げるとそのちんまりした姿の黄色い小竜は勢いよく振り返った。
「そんなわけないだろうがっ!この首輪が不愉快なだけだっ!」
「しょうがねえだろ。ペットは首輪をしておかないと検問を越えられないんだからよ」
「私のどこがペットだ、ばかものーーーっ!!」

黄色い小竜『ルー』は本名を『ルディアン=アイムス=モーヴ=プル=ローシェンナブルー』というらしい。あまりに長くてシェルはあっさりと覚えるのを断念した。覚えたところで七竜の名など使うことはないだろう。略名のルーで十分通じる。
そのルーはシェルが生まれる前からウェール家にいる。父ジンの話ではじいさんのそのまたじいさん辺りが、ルーと気が合い、『綺麗なもの集め』をしたらしい。以後、ルーは代々のウェール家当主と『綺麗なもの集め』をして過ごしているのだそうだ。
ウェール一族に留まるまでは繁栄と黄金をもたらす伝説の竜として、世界中の商人や権力者がルーを欲したと言われている。普段の姿を見ていれば、到底そうは信じられない話だ。

(ルーのおかげというより、代々の当主の腕がよかっただけじゃないかな)

ルーには申し訳ないが、シェルはそう思っている。
しかし、ウェール一族が繁栄しているのは事実だ。ウェールのネットワークは世界中にあると言っても過言ではない。
そして、シェルは五男でありながら、次のウェールの当主として認められてる人物であった。

シェルは現当主ジンの五男坊である。
ジンには正妻の他、三人の恋人に子を産ませ、全員を実子と認めて育てている。
子供は9人。うち5人が男で3人が女だ。
一人だけ、一応男に数えられているが、女でもある人物がいる。すぐ上の兄バディだ。リースティーアと言われる少数民族の血を引く彼は見た目も体もほぼ男性だが、子宮があり、子を産むことができる体である。親は子を産めるだけで男だとし、息子として扱っている。バディ自身も外見が黒に近い赤毛と黒い目を持ち、普通に男性的であることもあり、自分は男だと言っている。
シェルの兄たちは家を手伝って働いており、姉二人は嫁ぎ、妹は学校に通っている。
当初、シェルは兄弟では一番影が薄い存在であった。
しかし、お金には困っていない家に生まれたおかげで、商売の基礎や学問に関しては兄弟と共に叩き込まれて育った。もっとも当の本人はあまり商売に興味がなく、用がないときは本を読んだり散歩をして過ごしているのんき者だった。
・・・というわけで直系の癖に商売人としてのやる気や自覚の薄い五男坊であったが、運命は皮肉というべきか、血筋なのか彼は商売人として極めて優秀な人間であった。
不景気な田舎の店舗をつぶれても良いからやってみろと期間限定で父親に任せられた彼はその付近一帯に徹底的な聞き込みを行い、付近の店を調べ、売る物を求められている品と日常品に限定して出血を防ぎつつ堅実な商売を始めたのである。
そして必ず欲しい品や求められている品などを客から聞き込み、ない品は取り寄せることも可能と宣伝し、サービス第一でこつこつと顧客を増やしていった。
ある程度顧客と収益が増えると、地域が海岸沿いという地域性を生かし、土地の職人達と取引をして、漁師相手の商売も始めた。更に海藻や魚介類の薫製などを買い入れ、内陸部の商売人達との商売も始め・・・五男坊はたった一年で店舗を改築できるほどに収益を上げてしまったのである・・・・。
驚いた父親と祖父は都心部の調子の悪い支店を任せてみた。 
やはりあまりやる気の無かった五男坊であったが、五男坊はその店が商店街の中にあり、専門のライバル店だらけで数多い品揃えなどでは太刀打ちできないと悟ると、店舗を小売商から各支店のネットワークを生かした地域物産店に内容を一新した。
その商店街を利用する人々は裕福な家柄の人間が多く、使用人を使っている家も多かった。五男坊の思惑通り、珍しい品や手に入りにくい品などは彼らに喜ばれ、多少値が張っても構うことなく買ってくれた。
そうしてその店舗も見事に発展させた五男坊であったが、やはり本人は相変わらずであり、父親ジンにはやる気と才能が反比例していると言われている。
ウェール伯爵家は商売人らしく実力主義である。一応爵位持ちであるが、よほどのことがない限り、婚姻にも血統などにあまりこだわることはない。後継者争いにもそれらが顕著に現れていて、必ずしも長男が家を継ぐというわけではない。先々代当主は男児が居たにも関わらず女性が当主であった。しかもその次の当主はその女性当主の子ではなく、甥が家を継いでいる。
『やる気さえ有れば問題ないのだが』とは祖父と父の完全に一致した見解であった。他の兄弟の出来が悪いわけではない。彼らは十分に当主となれるだけの才能を持っていた。しかし彼らにも祖父と父にも出来なかったことを五男坊は一度ならずしてやってのけたのである。彼の才能だけは本人が嫌がっても誰もが認めるところであった。

「俺は多くの店舗や統括統制、人事などを考えているよりも一つの店舗だけを任されてる方がよっぽどいい。当主なんて柄じゃないし」

しかし五男坊ことシェール=ファ=ザード=ウェールの商売人としての才覚や器がすでに一店舗におさまりきれるものではないと言うことは一族が認めるところである。すでに何度か当主代理として(嫌々ながら)働き、十分以上の成果を見せていた。なんだかんだ言いつつも手抜きを出来ない真面目さ、誠実さが彼にはあった。それでいて時には辛辣なまでの方法をとってライバルを撃退する五男坊である。そんなところが扱いにくい年輩の皮肉屋な使用人達にも確実な信頼を受けていたりした。

視線の先で兄バディとルーはまだ喧嘩を続けている。

(まぁ、首輪なんてしなくても、ルーなら大丈夫じゃないかな。一応七竜だし)

「トカゲと間違われたらやべえから、一応しておけって」
「下等なハ虫類と一緒でするでないわ、馬鹿者っ!」

バディと喧嘩する小さな姿を見て、シェルは軽く肩をすくめた。