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◆ウェールの守り神(14)


海賊に捕らえられ、海に放り捨てられ、あげくに藍竜という巨大海蛇に救われて、ミスティア艦隊経由で帰ってきた小竜にシェルはため息を吐いた。

「……おかえり、ルー。ほんっとにアホだな、お前は」
「なんだと!?それが奇跡的な生還を果たした友に言う言葉か!?」

言いたくもなるとシェルは思う。
そもそもこの小竜が捕らえられただけでどういう騒ぎになったと思うのか。
小竜は知らないだろうが、大海蛇が出現した海域にいたのは海賊とミスティア艦隊だけではなかったのだ。
最近、近海で活発に海賊が活動しているという報を受けて、海軍は包囲網を設けようとしていたところだったという。
そこへやってきた海賊といち早くその海賊と接触したミスティア艦隊が戦いを始めた。
当然ながら海軍も参戦しようとしていたのだ。

(まさか大海蛇によって被害を負うとは思っていなかっただろうな、海軍も…)

出動していたという海軍が全軍でなかったのが救いだろう。
しかし将軍を初めとする幹部の一部が乗った船は、大海蛇が出現した際の波で海に沈められてしまったという。

(申し訳なさ過ぎて、言葉もない…)

救いは世話になった次期ミスティア領主コウが喜んでいたことだろう。亡くなった海軍将軍は評判悪い人物でミスティア家とも不仲だったのだそうだ。

港町ギランガは静まりかえっている。
それも当然だ。大海蛇が出現した海になど当分でたくないだろう。漁師たちも海の女神ラーウさまがお怒りだと震え上がっているという。

(海商業にまで被害を与えてるんだぞ、お前は!)

商売に関することではさすがのシェルも申し訳なく思う。
貿易商や打撃を与えてしまった店舗や漁師達に顔向けできない気分だ。

「…ともかく、今度こそ王都へ向かうぞ。紫竜に会うんだろ?」
「そうそう。ドゥルーガに会わないと。それが第一目的だったのだからな!」

小竜は無駄に偉そうだ。

(誰のせいで予定が狂ったと思ってるんだか…)

しかし早く旅立ちたい。最初から予定が狂ってしまった上、静まりかえった港町は罪悪感で居心地が悪いのだ。
たとえミスティア家が長居してくれて構わないと歓迎してくれていても、気分的に申し訳ない気持ちでいっぱいである。

(やれやれ…先が思いやられる。早く自国へ帰りたいものだ…)



一方、大海蛇のおかげで思わぬ幸運を得た者達がいる。
海軍の二強の一人、マックスは天敵とも言える将軍らの死亡により、どさくさに紛れて親友アルドを救出することに成功していた。
マックスが助力を頼んだ次期ミスティア領主コウはさすが大貴族の次期トップというべきか、若くとも腕は確かな人物だった。
海軍将軍の思わぬ死をいち早く知ると、その状況を利用して海軍に圧力をかけた。
トップの死で動揺していた海軍を大貴族の圧力で押し切ると、コウは海軍の決定を待つことなく、ミスティアの力でアルドを釈放させた。
海軍は国王直属の軍だ。本来はミスティアの権力に屈することはない。しかし将軍を初めとする幹部が亡くなったことと、本拠地がミスティア領内ということが影響した。いくら独自の勢力を持っていても自軍がある地元の大きな権力を無視することはできないのだ。
そしてコウは巧みだった。運良く生き残った海軍の大隊長にもさりげなく、しかしはっきりと圧力をかけた。懇意にしていたトップの死により動揺していた海軍幹部はその圧力を無視することができなかった。
そしてマックスとアルドは新たなる将軍と副将軍として海軍のトップに立つことができたのである。

一方、ミスティア艦隊。
無事黄色の小竜をコウに届けることができた二人の将軍は、念願叶ってコウにお褒めの言葉を貰うことができた。
……が、素直に喜ぶことができなかった。

「……マックスとアルドが新将軍か。まぁ当然だろうな」
「あぁ、なるべき者たちがなった、というだけにすぎない」
「しかし驚いたな、あのシーサーペントには」
「あぁ驚いた。あんなに驚いたのは久々だ。もう二度とあんな目にあいたくない」
「全くだ」

コウの力になれたことは嬉しい。
しかしそれ以上に大海蛇を間近でみた恐怖が二人の心に残っていた。
どんな歴戦の戦士であろうと耐え難き恐怖というものはあるものだ。
山のような巨大生物との思わぬ遭遇など誰が想像していただろうか。

「だがあのでかいのに比べたらコウさまの趣味はいい趣味だ」
「喋る小竜とは思わなかったがな」
「そうだな。だがあのでかいのより遙かにかわいげがあるではないか」
「うむ。だが趣味はいいとは思えぬような…」

可愛いが大層高飛車で口が悪かった。
助けたというのに小さな小竜から発されたのは礼ではなく、水浴び用の真水を用意しろだの、身体を拭く布はもっと上質の柔らかいものにしろだの、どこの姫さまだと言いたくなるような要望ばかりだったのだ。
コウのペットじゃなかったら間違いなく海に戻していたことだろう。
そもそも大海蛇と小竜を比べることに無理があるということに全く気づいていない二人であった。


一方、ミスティア家。
部下に小竜の飼い主と勘違いされていることを気にかけることなく、次期ミスティア領主のコウは手にした書類を読んでいた。

(今回は随分な幸運だったな。黄金竜は幸運を呼び寄せるというが、あながち嘘ではなかったようだ。さすがは七竜の一つといわれるだけある)

労せず目障りな海軍トップの首をすげ替えることもでき、ウェール一族からは多額の報酬を得ることができた。今後、海の貿易に関しても取引の話がある。成功すれば新たなる販路を作ることができるだろう。
ウェールの次期長という男は申し訳なさそうな顔だったが、コウは気にしていなかった。ミスティア家が被った被害は大したものではない。港町ギランガにも通達を出した。ほどなく海の商業も再開されるだろう。

「……コウ?茶を入れたんだが飲まないか?」

約三年ぶりに再会した気に入りの相手に声をかけられ、コウは笑んだ。
個人的に最大の幸運はこれだったかもしれない。

「あぁ、持ってくるがいい」

<END>

『守り神』というよりせいぜい『お守り』程度の御利益しかないと言いますか、そんな感じで。
七竜の間では一番役にたたなそうな小竜。それこそマスコットとかペット程度で愛でているのが一番いいかもしれません。(笑)
ドゥルーガのありがたみというか、まともさがよく分かる話かもしれません(笑)
今回登場した端役たちの話もありますので、そのうち書きたいです。

おまけ話