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◆ウェールの守り神(12)


一方、深い深い海の底で水深と同じぐらい深い眠りについているモノがいた。
その存在は『当分の間』眠っている予定だったが、同種と呼ばれる存在の叫び声により、強制的に叩き起こされた。

『ぎゃあああああーーー!!何をするばかものーーーーーっ!!!出さぬか、こらっ!!!水死するではないかーーーーーっ!!!』

海全体に響き渡るような声に頭痛がする。
誰が水死するって?
思わずそうつっこみを入れた海の底の存在は、その金切り声に聞き覚えがあった。
あまり関わりたくない類の性格の相手。
しかし、何故かよく関わりを持つ羽目になる一種の腐れ縁相手の声であった。

(また何かしでかしたと見える…)

海の底の存在はそう内心ため息を吐きつつ、ゆっくりと身体を動かした。
深い海の底で闇よりも黒い影がユラリと動いた。



一方、海の上。
襲ってきたミスティア艦隊との戦いに敗れ、敗走中であった海賊船サルヴァドスは大きな混乱に陥っていた。
「……シルバー…お前……」
逃亡ルートを指揮していたセイルは血まみれの相手に息を飲んだ。
「俺は人身売買だの珍しい生物などに興味はないんだが、さすがに女子供が次々と海に投げ入れられるのは好きじゃないんでね」
美人な女なら抱きたい。ガキなら成長後を楽しみにしたいと笑い、シルバーは海賊船のトップを斬り殺した剣を手に周囲を見回した。
いつの間にかシルバーは味方を作っていたらしい。彼の周囲には腕利きで知られる者が数人集まり、海に放り込まれそうになっていた女子供の縄を切っている。
「この船は俺の船だ。文句があるやつはかかってこい」
そう言われて刃向かう者はいなかった。
元々人望がなかったトップだ。強制的に連れ込まれた者ばかりの海賊船にチームワークもなかった。命を賭けてトップの敵を取ろうというものはいなかったのである。
そこへ見張りをしていた男が声をあげた。

「おい!!海の底からデカイ影が見えるぞ!!!」

セイルは慌てて船縁から海を見下ろした。

「鯨か何かいるのか?」

間近で飛ばれたら大波がくるから面倒だとセイルが指示をだそうとしたとき、海面から巨大な頭が飛び出した。
鯨どころではない。
巨大な鎌首を擡げたその姿は伝説に歌われる海竜そのものであった。

「シーサーペント!!!??」
「マジか!?逃げろ!!食われるぞ!!」
「暴れられたら船が沈められるぞ!!」

大海蛇とも言われる巨大な海竜の出現に海賊船は大騒ぎとなった。
それは追ってこようとしていたミスティア艦隊も同じだったらしい。
海賊どころではないと大慌てで撤退準備に入っている。
セイルも必死で逃走するように指示をだした。

(まさか殆ど目撃例すらないシーサーペントに逢うとは思わなかった。正直言って逢いたくなかったよ!!)

巨大なガレオン船より遙かにでかい。頭部だけでも大型船並の大きさがあるではないか。あんな蛇に大暴れされたらこちらの船などひとたまりもないだろう。

大慌てで逃げる海賊船もミスティア艦隊もその巨大生物の頭部に手のひらサイズの小竜が乗っていることに気づかなかった。
ミスティア艦隊はその小さな生物こそが目的の捜し物だったのだが、山のように巨大な生物の頭の上など見えるはずもなく、逃げるのに夢中だったのである。